むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

5、おしゃれ ③

2022年07月03日 08時18分00秒 | 田辺聖子・エッセー集










・「あの年であの化粧」と指さす人は、
自分の美意識の幅がいかにせまいかを、
告白するようなものである。

私はパッと派手なのが好きだから、
大屋夫人のピンクの化粧も、
原色のお洋服、
あざやかなドレスも好き、
よく似合っていられると思う。

「シックなスーツ姿」なんてものはけとばして、
けばけばしいドレッシーなドレスをお召しいただき、
世界せましと闊歩なさったらいい。

肝の小さい陰口好きの、
言うことと気持ちのうらはらな人種が多く住む日本には、
住みにくいだろうなあと思わせる人が、
よくいるものだが、たぶん大屋夫人も、
その内のお一人なのではあるまいか。

そのせいであろう、
ご本人は大衆の指弾など、
蚊にさされたほども気にとめていらっしゃらぬらしく、
ワーストドレッサーと知らされ、

「ほんま?
ウチ信じられへんわ。
三宅一生さんも山本寛斎さんも、
ものすごうほめてくれはったし。
ジバンシーは驚きのまなこで、
『あなたは私の競争相手だ』
と絶叫しはったんよ」

とうそぶいていられるのがおかしかった。

ただちょっとここでいっておきたいのは、
大阪女が派手好き、ギンギン好きだといっても、
それでもってみな行動家、
ファイトに富む実力家、
目立ちたがり、
出しゃばり、
というものではないのだ。

谷崎潤一郎さんの「細雪」に、
雪子という女が出てくるが、
まさにあれなど大阪女の一つの典型で、
外見は内気で人見知り、
引っ込み思案、
従順でつつましく陰気にさえ見えながら、
内心は派手好き、
パッとしたギンギラギン好き、
豪壮で雄大、絢爛豪華というようなのが好き、という、
「一見しねくね、陰気風の、内実は派手好き」
というのもいる。

だから大阪女の土台はみな派手好きであっても、
その発見方法はさまざまで、
ここのところが他県人の誤解のまとになる。

「えげつない」格好をしていたら、
性質も行動力も「えげつない」と決めつけ、
理由なく軽侮・敬遠するという図式が出来上がっているが、
こと大阪女に関する限りその認識は的外れで、
内気でじょうじょうたるお嬢さんが、
意外にギンギラ好みという伝統があるのだ。

八代亜紀さんのドレスとお化粧にも、
文句が集中しているようであるが、
私からみると、好き嫌いは別にして、
あれでこそ八代さんの個性というものであろう。

テレビでみる八代さんは、
なぜかかげのある水商売の女、
というイメージがただよい、
それがまたぴったり、歌の巧さにマッチしている。

そういう味を舞台で出せる人というのは少ない。
特殊な個性である。

芳村真理さんや黒柳徹子さんのおしゃれは、
見ていてもたのしくて、
日本女性に自信がもてるというところのもの。

森昌子さんや美空ひばりさんの「あかぬけなさ」も、
いかにもその人の個性が出ていて、
却って好感がもてる。

もしも、森さんやひばりさんが「シック」になり、
小森和子さんや大屋政子さんが「お年にふさわしい」服を着、
佐藤陽子さんが「カチッとしたスーツ」などを着たら、
全くこの世の中、面白みもたのしみもなくなってしまう。

アドバイスするデザイナーが、
またやたらと「シックなスーツ」や、
「カチッとしたスーツ」をおすすめするが、
スーツというもの、
かいもく似合わない女は意外と多いものである。






          


(次回へ)

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