・男性はすぐ、
現実をあらぬ夢にかぶせ、
混同してしまうが、
女性は空想や夢ばかり肥大して、
それが恐ろしいばかりに、
現実に似てくる
私は為時の娘に、
そういう才能があるのを知った
物語の書き手としては、
ふさわしい才能かもしれない
しかし、
定子中宮は、
そういう才能よりも、
「・・・するものは?」
「・・・のものは?」
などと挙げていって、
いろんな人たちの即妙の答えを、
たのしまれる、
そういう頓才がお好きらしい
「それでは怖ろしいものは?」
中宮のおたずねに、
小兵衛の君がまっ先に、
「夜の雷」
「おとなりに入った盗人、強盗」
と右衛門の君
誰かが、
「お~や、
それなら自分の家へ入ったほうが、
よっぽど怖いのに、
どうしておとなりなの?」
「自分のうちへ入られたら、
怖ろしさのあまり、
呆然としているから、
かえって恐怖は通り越してしまってる
おとなりだと、
ずっと怖いじゃありませんか」
「それはそう」
中宮は、
そういう臨機応変の考え方を、
ご支持なさる
「近火のほうが、
怖いのと同じね
二年前の火事のときも、
そうでした
自分のうちが焼けたときは、
もう無我夢中だもの・・・」
と中宮は仰せられて、
二条北宮が焼亡したときの、
恐怖が私どもによみがえる
あれは、兄君、伊周の君も、
弟君、隆家の君も流されなすった、
夏のこと
そういう運命を、
くぐりぬけて来られたからこそ、
明るく朗らかになられるのかも、
しれない
「では、灯影や、
夜目に劣るものは?」
「紫の織物
藤の花
紫は夜に見ると、
色が映えませんのね」
「紅もそうでしょう」
という人がいる
中宮のお好みは、
「日は入日
月はありあけ
星はすばる」
であられるそうな
「おお、そういえば、
もう歌が出てもよい頃おい
有明、という題で、
歌はどうかしら」
中宮が女房たちに、
課題される
女房たちは緊張する
「有明まで待っていてはだめ
さあ、出来た順に披露なさい」
中宮のお言葉で、
人々はあわてて顔色も変わるくらい、
苦しんで何とか気の利いた歌を、
ひねり出そうとしている
私はその仲間に加わらないで、
中宮のおそばへ行き、
「雲の色は白が、
よろしゅうございますね
雲は白、紫・・・」
などと、
さきの続きを啓上していた
「風のある日の、
雨をふくんだ雲も、
面白うございます
明るい月の面に、
ふと薄くかかる雲
朝の雲・・・」
などとのんびり、
話しているものだから、
「おや
なぜ少納言は歌を詠まない」
伊周の君は咎められる
「わたくしは、
歌を詠まずともよい、
という仰せを頂いております」
と私は澄ましていた
「なぜだ
なぜそんな怪しからぬことを、
宮はお許しになる
今夜は許すわけにはいかぬ
しかし、何だってまあ、
そんなわがままを、
少納言にお許しになったのです」
中宮は笑われて、
「このあいだ、
ほととぎすを、
わざわざ聞きに行って、
一つも歌が出来ないのですよ
それを叱りましたら、
少納言がそのとき、
何と申しましたか
自分は歌人元輔の娘ゆえ、
かえって父の名を汚す、
と申しますから、
歌を詠むのを見逃してやりましたの」
「そんなことが、
ほんとうにあったのですか」
伊周の君は、
疑わしげにいわれる
「宮は少納言に、
甘くていらっしゃるから
この人を、そうやって、
つけあがらせてはダメですよ」
「いえ、中宮さまのお言葉で、
やっと心の重荷がおりました
もう一切、歌のことは、
考えません
気楽でございます」
と私がいったら、
「そんな勝手な・・・」
伊周の君は、
吹き出してしまわれた
人々は大いに苦吟して、
硯をまわしては、
書きつけてゆく
伊周の君といい、
隆家の君といい、
みなそれぞれ名だたる、
歌よみでいらっしゃるので、
一同は気がひけて、
得意顔に詠み上げられない
よかった
ほんとうに
私はこういうところで、
すらすら詠みあげて、
喝采を博するような才能を、
持ち合わせていない
そういうのがうまいのは、
赤染衛門の君である
この人は晴れの場で、
朗々と万人に誦して聞かせる、
歌を詠む
格調があって行儀のいい、
品のいい歌である
私はそういうのがほんとうに、
にが手
たとえばこの間のように、
行成卿に対して、
<夜をこめて
鶏のそら音ははかるとも
世に逢坂の関はゆるさじ>
と返したような、
ああいう応酬なら、
得意なんだけど
普段着の歌というか、
はだかの歌というか、
どこか一点、
あそびがあるような、
頓智や機転をたのしむ、
やりとりなら好きなんだけれど
と思っていたら、
中宮から私にあてて、
折りたたんだ紙が投げられた
いそいで開けてみると、
美しい走り書き
<元輔がのちといはるる
君しもや
今宵の歌にはづれてはおる>
(歌詠み元輔の子、
といわれるそなたが、
まあ何だって、
今宵の歌に加わらないでいるの)
というお歌だから、
おかしくて嬉しくて、
もうたまらない
中宮からこういうからかいを、
頂く自分が嬉しくて
伊周の君は、
「なにを一人で笑っているのだ
宮のお手紙にはなんとある
お見せ、少納言」
「いえ、
これは中宮さまと、
わたくしの秘密」
と私はいったが、
「少納言
せめてそのお返しはしなさい
みなに披露するがいいわ」
と中宮は仰せになる
こういうお返しなら、
得意中の得意
<その人の
のちといはれぬ身なりせば
今宵の歌をまづぞ詠ままし>
(わたくし、
歌人の娘と指さされる身で、
ございませなんだら、
いますぐ千首だって詠んで、
お目にかけるんでございますが)
といって、
一座を白けさせ、
それもおかしかった
(次回へ)