・「お爺ちゃんの生きてはるうちに交渉しとかんと、
息子の代になったら、知らぬ存ぜぬ、でつっぱねまっしゃろ」
長男は欲に目がくらみ、あたまに血がのぼったごとくである。
しばらくして次男から電話。
「何やてな、えらい金目のもん、
伏見町に取り込まれてしもたんやてな、絶対取り返さなあかん。
あそこはベンツ乗っとんねんデ。
ごついマンション建てて、取り戻さな承知せえへんど~!」
ことに次男は金銭に関して神経鋭敏な男である。
「大体やな、大体オカーチャンがいかんねん!
ちゃんとケジメつけんよって、あいつらにつけ入られるねん。
早いこと伏見町へ行って、取り返してこんかいや!
ウチの財産くすねくさって!」
この次男の口の悪さも直らぬ。
伏見町はいつの間にか盗っ人にされてしまう。
「ようし、絶対取り返したるからなっ!」
なんでそう、あんたら、欲ぼけやねん、なさけない、
大の男が掛け軸ぐらいに・・・
よほど掛け軸の絵に惚れ込んでいるというのなら、別。
金目のもの、というだけで狂奔するとは、なんとあさましい。
私ゃそんな欲ぼけに育てたつもりはないが、
現代社会に住んでいると、感覚も歪んでくるのであろうか。
金目のものには敏感だが、
いちばん大切な身近にいる妻の心、というものは、
見えて来ぬようになっているのではないか。
長男、次男も脇田氏や脇田ジュニアとちっとも変わらぬ。
そこへ電話。三男の嫁である。
欲にかまけた三兄弟、なぜか横の連絡は密である。
「お姑さん、何だか、いいものをくれるんですってね」
「・・・」
腹を立てて電話を切ったとたん、また電話。
~~~
・「先生・・・『ふたり酒』が・・・『ふたり酒』が・・・」
泣き声で話すのは長谷川夫人。
「歌えなくなってしまったんですよう、あたし。
あんなに楽しみにしてましたのに・・・」
「あら、どうして。
一週間先でしょ、カラオケ大会は」
「主人が『出るな!』と言うんですわ。
『病人大事にせい、そばに居れ~っ』なんて」
夫人はすすり泣いていた。
「舞台衣装のドレスを見つけたからでございますわ。
・・・病人ほっといて歌、うたいに行くなんて、と怒って、
ドレスをハサミでずたずたに・・・」
「まあ・・・」
「先生、何やもうなさけ無うて・・・
たった一つの楽しみまで・・・」
「長谷川さん、出場なさいよ、家政婦さん頼んで。
私たち応援しますよ。当日はいつものドレスで」
「えっ?」
「ご主人が文句を言われたら、ね、こらしめてやりなさい」
「は?」
「どうせ、ご主人は動かれへんのでしょ?」
「あ、はい」
「何も怖がることはありません。
あなたが昔からどれだけ苦労してきたか、説き聞かせなさい」
「・・・ふ、ふふふ。そうですわね。
どうせ一人で動かれへん人ですものね」
長谷川さんはいつもの晴れやかな声になり、
「やっぱり『ふたり酒』歌いましょうか、先生」
「そうよ、
歌の文句はありもせぬ、まぼろしのやさしい男の歌やけど」
二人で小さく笑い返す。
(了)