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・堅物で評判の夕霧であるが、
亡き友・柏木の未亡人、
一條の宮(女三の宮の異腹の姉君)への、
思慕は増さるばかりであった。
世間の手前、
亡き友との友情のため、
とみせかけつつ、
熱心にお見舞いに行く。
宮の母君・御息所も、
たいそうお喜びになって、
淋しい日々の慰めに、
していられるが、
ほんとは夕霧の恋のためである。
夕霧は何かにつけて、
宮のご様子を探ろうとするが、
宮はご自身で応対なさることは、
全くなかった。
何とか自分の気持ちを、
お話し宮のお気持ちを、
知る折が来ぬものか、
と夕霧が思っているうち、
御息所が病気になられ、
小野(比叡山の麓)の山荘へ、
お移りになることになった。
かねてより、
祈祷の師として出入りしていた、
律師が比叡山で修行している。
山ごもりの間は、
里へ下りないと誓を立てているが、
麓近くであるからと頼んで、
下りてもらうためであった。
小野まで、
お車も供人も、
夕霧が用立てしてさしあげた。
柏木の縁戚の人々も、
今はそれぞれの生活の忙しさに、
まぎれ、
宮のお世話まで手が届かない。
柏木の弟の一人は、
宮に少し思いをかけていたが、
「とんでもないこと」
という宮の反応で、
それからはお見舞いにも、
来なくなった。
夕霧は、
夢にもそんな気はない風に、
みせて親身に世話をし、
御息所と宮のご信用を得た。
修法などさせられると聞いて、
夕霧は僧への布施なども、
気配りする。
御息所はお具合が悪く、
お返事もお書きになれないので、
お付きの女房は、
女房の代筆では、
夕霧の身分柄失礼であろうと、
宮にお書かせ申し上げた。
(おお、これが宮のお手蹟)
夕霧はたった一行のお文に、
心ときめかせた。
おっとりしたご筆跡、
言葉にもやさしいお気持ちが、
匂わせてあって、
いよいよ夕霧は心ひかれる。
どうしてもわがものにしたい、
という気持ちがこうじて、
しげしげと手紙をさしあげる。
雲井雁は夫の異変に気づき、
このごろは疑いの目を、
向けるようになっていた。
夕霧はそれが煩わしく、
小野の山荘へお見舞いに行きたい、
と思いながら自由に出られない。
八月二十日ごろ、
小野の山荘はどんなであろう、
と思われて、
「なにがしの律師が、
山を下りていられるので、
ご相談したいことがある。
御息所をお見舞いに行きがてら、
行ってくる」
と雲井雁には、
通り一遍の見舞いのように、
言いこしらえて出た。
大げさな行列にせず、
親しく使う者五、六人。
山荘は仮の宿ながら、
上品に住みなしていられる。
寝殿とおぼしき建物の、
東に修法の壇を設け、
御息所は北の廂に、
宮は西面にいられる。
物の怪が御息所を苦しめ、
宮に移ったりしては、
と都にとどまるように、
おすすめしたのだが、
母君に離れるのはいやだと、
宮が強いてついて来られた。
それゆえ、
宮は御息所とは、
少し離れたところにいられた。
来客を通すところもないので、
夕霧は宮のお居間の、
御簾の前に通された。
宮は奥のほうに、
そっと坐っていられるが、
何しろ仮の宿りとて、
狭く浅い奥行きの部屋、
宮のご気配はつい近くに、
感じられる。
夕霧は魂も、
あこがれ出るように思った。
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(次回へ)