・紫の上の側近く仕えた人々は、
みな夢うつつのように、
ぼんやりして、
頼りになる者もいない。
源氏は心を取り直して、
葬儀の指図をした。
昔も悲しい死別には、
たくさん遭ってきた。
しかし、
自身、手を下して、
葬儀の差配をするのは、
初めてであった。
しかも最愛の人の・・・
過去にも未来にも、
二度とこんな辛い思いは、
しないだろうと源氏は思う。
その日、
葬送が行われた。
いつまでも、
亡骸をとどめておくことは、
できないのだ。
はるばると広い鳥辺野の、
野辺送りであった。
人や車がいっぱい立ち並んで、
いかめしい儀式だった。
その中を、
紫の上は煙となって、
たちのぼっていった。
源氏は宙を踏む心地で、
人にたすけられて歩む。
(もろともに死んだ。
あれが息絶えたとき、
自分もまた死んだ。
私の人生は終わった)
源氏はそう思いつつ、
よろめきあゆむ。
そのさまを見て、
あんなに尊い身分の方が、
とみな泣く。
源氏は昔、
夕霧の母、葵の上を、
亡くしたときのことを覚えている。
あのときは今より、
正気が残っていた。
葬送の野に、
月が出ていたことを覚えている。
しかし、
今宵は涙のために、
もはや何も目に入らぬ、
無明の闇。
亡くなったのは十四日で、
野辺送りは十五日の明け方。
日が明るく昇り、
あたりをくまなく照らす。
源氏は、
かくも明るい世の中に、
生きる気はしない。
紫の上に死におくれて、
いつまで生きられようか。
出家したいと思うが、
妻に死なれて心弱くなった、
と噂されるのもわずらわしく、
(ここ当分を過ごして)
と思う。
夕霧も忌にこもって、
朝夕、父の側を去らず、
心からなぐさめた。
定めの四十九日の法事も、
何につけ悲しいばかり。
源氏は寝ても起きても、
涙の乾く間はない。
いつ夜が明け、
いつ日が暮れたかも、
おぼつかなかった。
すべてに恵まれた身の上、
のように見えながら、
何度幼いころより、
死別生別を重ねてきたことか。
母君、
祖母君、
父帝、
そして夕顔、
葵の上、
藤壺中宮、
仏は世の無常を知れ、
とおさとしになったのだ。
かのひとを失って、
もはやなんのこの世に、
思い残すことがあろうか。
すぐさま世を捨て、
出家したいが、
こうも悲しみに心乱れていては、
仏道修行も難しいであろう。
どうかこの嘆きを、
少しは忘れさせたまえと、
源氏はひたすら念じる。
御所をはじめ、
弔問は数多くあったが、
源氏は、
出家の決心を固めているので、
何ごとも耳に入らず、
目にも止まらなかった。
親友の大臣からも、
心こめた見舞いがあった。
源氏は丁重に返事をし、
礼を伝えた。
亡き紫の上は、
不思議なほど、
どんな人にも慕われ、
敬愛され、
好意を持たれたひとであった。
側近く仕えていた女房の中には、
悲しみのやり場がなく、
尼となろうとする者もいた。
冷泉院(源氏の実子)の后の宮、
(亡き六條御息所の姫君)からも、
お文が届けられた。
「亡きかたは、
春がお好きでいらっしゃいました。
ものみな枯れ果てる秋の、
野辺の侘びしさをお厭いに、
なったのでしょうか。
まことにその通りに思われます」
源氏はくり返しそれを眺め、
風雅を解する、
たしなみ深い人、
今はこの宮だけが、
残っていらっしゃると思う。
源氏の身辺から、
そういう存在は、
一人ずつ消えてゆく。
(了)