・こういう明石との往来が、
いつかは紫の君の耳にも、
入らずにはいないだろうと、
源氏は思った。
他人の口から聞いて不快になるよりは、
やはり自分から告白しておかねばなるまい、
と源氏は決心した。
明石の君のことは、
それまで決して紫の君にいわなかった。
「小さい姫が出来てね、明石に・・・
三月の半ばだった。
人生というのは皮肉なものだ。
子供が欲しいと思うあなたに出来なくて、
思いがけぬ明石に出来たりする。
それが残念だ。
それに女の子だから、
張り合いもなくてね。
まあ、そうはいってもうち捨てるわけにもいかない。
いずれ京へ呼び寄せて、
あなたにも見せよう。
憎まないでおくれ」
源氏がさりげない調子でいうと、
紫の君は顔を赤らめた。
「まあ、わたくしが憎むなどと。
そんな意地悪に見えます?
もしそうなら、
わたくしに憎しみや意地悪を教えたのは、
どなた?」
とかわいく恨んでいった。
「全くだ。
誰が教えたのだろう。
しかしあなたが意地悪だなどとは、
むろん思いもしない。
子供が出来たといっても、
それは成り行きのこと。
私とあなたの仲の真実や、
愛の深さは二人がよく知っていること。
これにまさる何物もこの世にはないのだよ。
子供は形になって現れるから、
大きな意味があるように、
人は錯覚する。
しかし目に見えない、
手でつかめない愛が二人に在るほうが、
人生の意味は大きい。
それに比べれば、
子供など問題ではない。
私は、愛、というものをそう考えている」
源氏は心ざま深い男だから、
子供を持てない紫の君の傷心を、
思いやることができる。
世の心浅い粗暴な男の論理や、
思考とはずっと違っていた。
源氏の言葉で紫の君は、
別れ別れに住んで、
源氏が恋しかったあの日々を思いだす。
あの愛と信頼が真実であれば、
どんな浮気もいっときのたわむれにすぎない、
と思われる。
「明石の方は、どういう方なの?」
紫の君は、
聞きたくもあり、聞くのも怖かった。
源氏がよくいえば悲しいし、
悪くいっても源氏のために悲しかった。
「上品で趣味のいい人だった。
しかしあんな物淋しい荒磯でめぐりあったのだから、
珍しく思えたのかもしれない」
紫の君は、
(聞かなければよかった)
と悲しかった。
自分は源氏と別れ住んで、
あけくれ嘆き侘びていたころ、
この人はいっときのたわむれにしろ、
ほかの女人に心うつしていた、
と思うと恨めしかった。
思えば恋人は一心同体なんて嘘だ。
明石の君を思っている源氏は源氏、
自分は自分。
別々のものだ、
と紫の君は背を向けてしまう。
「どんなに愛し合っていても、
所詮は孤独・・・
あなたは明石の方とご一緒に楽しく、
お暮しになればいいわ。
わたくしは一人・・・」
「何だって?
情けないことを今さら。
誰のために私が今まで海山さすらって、
苦労したと思う?
みな、あなたのため。
つまらぬことで人の怨みを買うまいと、
気をつけているのも、
ただただあなたと末長く幸せに暮らしたい、
と思えばこそ」
源氏はさまざま紫の君の機嫌をとって、
仲直りしようと努力する。
もともとおうようで、
柔らかい性質の紫の君だが、
明石の女人に関しては、
さすがに執拗な怨みや嫉妬をもっているらしい。
やがて五十日の祝いであった。
生後五十日目に、
すこやかな生育を祈願して、
餅を赤子の口にふくませる祝いである。
その日は五月五日にあたる。
源氏は人知れず数えて、
姫君をなつかしんだ。
男の子ならこうも気にしないのだが、
姫となると、
将来どんな尊い身分になるかしれない。
それにはきずなき玉として、
最高のかしずきをしてやりたかった。
そして五十日祝いの使者を立てた。
明石でも祝いは設けられたが、
源氏の使いがなければ、
見栄えがしなかったであろう。
源氏はさまざまの立派な贈り物に添え、
明石の君にやさしい文まで書いた。
紫の君にみせられぬような・・・
(次回へ)