むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

12、澪標 ④

2023年10月09日 08時00分39秒 | 「百人一首」田辺聖子訳










・こういう明石との往来が、
いつかは紫の君の耳にも、
入らずにはいないだろうと、
源氏は思った。

他人の口から聞いて不快になるよりは、
やはり自分から告白しておかねばなるまい、
と源氏は決心した。

明石の君のことは、
それまで決して紫の君にいわなかった。

「小さい姫が出来てね、明石に・・・
三月の半ばだった。
人生というのは皮肉なものだ。
子供が欲しいと思うあなたに出来なくて、
思いがけぬ明石に出来たりする。
それが残念だ。
それに女の子だから、
張り合いもなくてね。
まあ、そうはいってもうち捨てるわけにもいかない。
いずれ京へ呼び寄せて、
あなたにも見せよう。
憎まないでおくれ」

源氏がさりげない調子でいうと、
紫の君は顔を赤らめた。

「まあ、わたくしが憎むなどと。
そんな意地悪に見えます?
もしそうなら、
わたくしに憎しみや意地悪を教えたのは、
どなた?」

とかわいく恨んでいった。

「全くだ。
誰が教えたのだろう。
しかしあなたが意地悪だなどとは、
むろん思いもしない。
子供が出来たといっても、
それは成り行きのこと。
私とあなたの仲の真実や、
愛の深さは二人がよく知っていること。
これにまさる何物もこの世にはないのだよ。
子供は形になって現れるから、
大きな意味があるように、
人は錯覚する。
しかし目に見えない、
手でつかめない愛が二人に在るほうが、
人生の意味は大きい。
それに比べれば、
子供など問題ではない。
私は、愛、というものをそう考えている」

源氏は心ざま深い男だから、
子供を持てない紫の君の傷心を、
思いやることができる。

世の心浅い粗暴な男の論理や、
思考とはずっと違っていた。

源氏の言葉で紫の君は、
別れ別れに住んで、
源氏が恋しかったあの日々を思いだす。

あの愛と信頼が真実であれば、
どんな浮気もいっときのたわむれにすぎない、
と思われる。

「明石の方は、どういう方なの?」

紫の君は、
聞きたくもあり、聞くのも怖かった。

源氏がよくいえば悲しいし、
悪くいっても源氏のために悲しかった。

「上品で趣味のいい人だった。
しかしあんな物淋しい荒磯でめぐりあったのだから、
珍しく思えたのかもしれない」

紫の君は、

(聞かなければよかった)

と悲しかった。

自分は源氏と別れ住んで、
あけくれ嘆き侘びていたころ、
この人はいっときのたわむれにしろ、
ほかの女人に心うつしていた、
と思うと恨めしかった。

思えば恋人は一心同体なんて嘘だ。

明石の君を思っている源氏は源氏、
自分は自分。

別々のものだ、
と紫の君は背を向けてしまう。

「どんなに愛し合っていても、
所詮は孤独・・・
あなたは明石の方とご一緒に楽しく、
お暮しになればいいわ。
わたくしは一人・・・」

「何だって?
情けないことを今さら。
誰のために私が今まで海山さすらって、
苦労したと思う?
みな、あなたのため。
つまらぬことで人の怨みを買うまいと、
気をつけているのも、
ただただあなたと末長く幸せに暮らしたい、
と思えばこそ」

源氏はさまざま紫の君の機嫌をとって、
仲直りしようと努力する。

もともとおうようで、
柔らかい性質の紫の君だが、
明石の女人に関しては、
さすがに執拗な怨みや嫉妬をもっているらしい。

やがて五十日の祝いであった。

生後五十日目に、
すこやかな生育を祈願して、
餅を赤子の口にふくませる祝いである。

その日は五月五日にあたる。

源氏は人知れず数えて、
姫君をなつかしんだ。

男の子ならこうも気にしないのだが、
姫となると、
将来どんな尊い身分になるかしれない。

それにはきずなき玉として、
最高のかしずきをしてやりたかった。

そして五十日祝いの使者を立てた。

明石でも祝いは設けられたが、
源氏の使いがなければ、
見栄えがしなかったであろう。

源氏はさまざまの立派な贈り物に添え、
明石の君にやさしい文まで書いた。

紫の君にみせられぬような・・・






          


(次回へ)

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