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・大震災に遭遇した人々は、
それぞれの場で懸命に職務を果たしていた。
建前ばかりを固執して責任を回避する官僚や公務員、
あたまのかたい政治家たちより、
みな、数等、立派だった。
私は感動せずにいられない。
AM神戸(ラジオ関西。地元唯一の民間中波局)は、
午前五時半からいつものように、
「おはようラジオ朝一番」を放送していた。
大阪読売新聞によると、
フリーアナウンサーの能崎まゆみさんのおしゃべりに続き、
「お目覚め体操」のテープが流れた。
その時烈震が襲った。
局内(ラジオ関西は須磨区にある)の壁が、
音を立てて崩れ落ちる。
窓ガラスが割れる。
<地震や!>スタッフは飛び出した。
ただ一人スタジオに残った丸山プロデューサーは、
電源機が棚からずり落ちたのを見て、
<あかん。つぶれた>と観念する。
ところがコードに支えられ、
床まで落ちずに止った。
<奇蹟や。音が出る!>
もう一人のフリーアナウンサー、
藤原正美さんは駐車場に避難していたが、
付近の人々が寝間着姿で茫然と立ちつくしているのを見て、
<ラジオしか情報源はないのや。
私が避難してたらあかんやないか>
と気づき、土埃もうもうのスタジオへ戻った。
丸山プロデューサーがすでに用意していた。
<音、出るぞ、何でもいいからしゃべれ!>
藤原アナウンサーは息を整えるひまもなく、
マイクに向かった。
<AM神戸のスタジオです。
・・・スタジオが(ハ~ッ)ただいまの(ハ~ッ)
地震で揺れております>
荒い息づかいのまま、
第一声が放送されたのは六時ちょうど、
地震の午前五時四十六分から十三分五秒の空白のあと。
二十分後、能崎アナウンサーも戻った。
九十四人の社員が総動員で報道する。
記者も営業担当も、八方へ散り、
警察や病院から見たまま、取材したままを、
電話で話し続けた。
それがそのままオンエアされた。
県警から死亡者名簿を読み上げるアナウンサー、
中継機材をかついで町へ飛び出すプロデューサー、
長田では家屋倒壊が多く、瓦礫とうめき声、
迫ってくる炎の中を、プロデューサーは一軒づつ、
中継して歩く。
<〇〇さん方は家が崩れてあとかたもありません>
呆然としている初老の男性にマイクをつきつけ、
<お名前は、家は>
男性は炎上している民家を指す。
<ご家族は>
男性は放心したように淡々という。
<あの焼けている中に息子がいます。
瓦礫の下で動けない。
何度も柱をどけようとしたが、
そのうち火が上がった。
最後に息子は、
『親父、もうええから逃げてくれ』と・・・」
その声が生中継された。
やがてAM神戸は、
午前八時から安否情報を流すことになる。
<うちは地域に生きる局だ。
被災者と同じ目線の高さで報道しよう>
と編成制作局長は決断する。
七台の電話が鳴りっぱなしになり、
局長も重役も電話をとった。
それは二十日午前三時まで続けられ、
千百四十本のCMが取りやめられた。
藤原アナウンサーは結局、
十八日午後まで一睡もせず、
電話を取り、放送したそうである。
私の知人に、この放送を十七日未明から、
聞いていた人があって、
<ごっつう、臨場感あった>といっていた。
神戸地元のテレビはサンテレビ、
地震の三時間後から、二十二日深夜まで、
これもノーCMで徹底して生活情報だけ流した。
これも地域放送局としての見解であろう。
地元といえば、
兵庫県では絶対強い神戸新聞、
明治三十一年の創刊、
地元ではたいそう信頼され、
愛されている新聞である。
この新聞社のあったJR三ノ宮駅前の新聞会館、
九階建てのたてものは全壊した。
電源がやられてコンピューターが使えない。
これでは新聞は出ないが休刊にはできない。
神戸大空襲のときでも休刊しなかったものを。
幸い京都新聞と「災害相互援助協定」を、
組んだばかりだった。
京都新聞に紙面製作を助けてもらい、
一方、ハーバーランドにも新社屋を作りつつあったから、
工事事務所を仮編集局にする。
社員も多く被災した。
みずからも負傷し、また肉親を失った人も多い。
それでも社員の必死の働きで、
混乱の中から神戸新聞は出た。
なんとか十七日の夕刊が刷られたことは、
どんなに市民や被災者を勇気づけたかわからない。
記者たちは惨禍の町へ、
地震直後からメモとカメラを持って飛び出したが、
目の前で崩壊した家から必死の救出作業が続いており、
<手伝うてくれ!>といわれて、
取材はあとまわしにして、
救出作業に従事した人もあった。
もう当時の神戸では、
記者であると同時に、
みんなが被災者であった。
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(次回へ)