むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

7、女の子の育て方 ④

2022年07月13日 08時47分45秒 | 田辺聖子・エッセー集










・「なあに、女の子は自分がしっかりしていなくても、
結婚相手の男さえしっかりしていれば」

という親たちもあるだろう。

それは好き好きだからかまわないが、
しかし現実に目を向けてもらいたい。

しっかりした男の庇護は、
どこまで頼れるものであろうか。

海外駐在の商社員の夫人が、
海外生活に溶け込めなくてノイローゼになり、
夫は出世の邪魔とばかり離婚してしまった、
そういう話はよく聞くところである。

順調にきた男たちが、
はからずも転勤とか出向とか単身赴任で、
変調をきたし、うつ病になるケースが多いというのと、
同じである。

女の中にも、結婚しても実家の庇護や支持で、
やっと一人前の格好をつけている大人子供が多い。

こういう未成熟の女たちでも、
体裁だけは一人前だから世間は大人として扱う。

それが馴染みの肌なれした世界にどっぷり浸かっている間は、
ボロがかくされているが、いざ一人立ちして、
その人間の評価が問われるという状況に直面すると、
たちまち崩壊してしまう。

両親はツケを払わされることになる。

誰の助けもない海外だとか、
あるいは夫を不慮の事故で失ったとか、
そういう場合、ヤワな女はたちまち変調をきたす。

それに夫は両親ではない。
夫という生き物は限りなく寛容ではない。

どの夫も内心には飼いならされぬ野獣を、
一匹ずつ棲ませている。

いつ心変わりするか知れない。
いつ妻や子を捨てるか知れない。

変幻自在な男心をかくし持っている。
それは女も同じことだが。

いつも変わらぬ暖かい庇護を、
惜しみなく注いでくれる両親とはわけが違う。

離婚は日常茶飯事となった。
蒸発する男も多い。

女たちが身をかくす穴は、
いつ崩壊するかわからない、
不安定なものになった。

女の子に力をつけてやるとすれば、
自分で穴を掘ってねぐらを作る力、
そして男を愛し男と戦い、女とむつみ女を信じ、
また女と競う力、これである。

女の子が反発すれば、

「女の子は口答えしてはいけない」

とあたまから封じる親たちが多いが、
反発する力は上手にみちびいてほしい。

嵐の中で転覆したボートを、
またひっくり返してすがり、
よじのぼる勇気を養うもとになるかもしれない。

主婦、妻、母、とかいう名と位置に、
かなり庇われている女は多い。

その名と位置をとったとき、
あとには未成熟な、たどたどしい、たよりない、
勇気に乏しい、依存的な、ただのコドモでしかない、
そういう女たちが多い。

社会生活にも適応せず、
人間として練れてもいず、
従って面白みも深みもない、
世間知らずの大きいコドモ。

それが結婚して主婦と呼ばれ、
子供を産んで母と呼ばれる。

日本の社会に、
いつまでも未成熟な点があるのは、
女の子の教育のゆがみからきている。

そういう女たちが育てる男の子も、
未成熟になってしまう。

男と女が同等に学問する機会を与えられたことは、
今世紀最大の進歩の一つである。

せっかくのこの価値を、
みとめていない親が多いのも残念なことである。

学問したい女の子の進学希望を封じ、
男きょうだいの進学を優先する、
ということは、もうやめてもらいたい。

女の子でも勉強したい子にはさせ、
特技を身につけたい子にはつけさせ、
そして一人立ちの力をつけさせる。

それには早く親元から抛りだすことである。

自分を大切にし、身を守る怜悧さは、
女の子自身のうちにある。

それを引き出し、めざめさせてやる。

結婚する、しないはその子の自由にまかせてほしい。
働きたいという女の子は働かせてやればよい。

依存的な女の子に育てると、
結局苦労するのは親であろう。

少々かわいげなくても、
両親の支えの手からはなれて、
一人で歩き去る、
そういう女の子に育ててほしい。

・・・こうして考えてみると、
結局、女の子の育て方も男の子の育て方も、
いっしょなのだ、ということになる。






          


(了)

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