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(お彼岸の初雪)
・小野の山荘へ、
病気平癒のため移られた、
亡き友柏木の妻、一條の宮の、
母君をお見舞いに参上した夕霧、
宮の気配を感じられて、
「こうしてお見舞いに、
来るようになって、
もう三年になりますのに、
いつまでも他人行儀な、
お取り扱いですね」
御息所への取り次ぎが、
手間取っているすきに、
夕霧は怨むがごとく言う。
夕霧の様子には、
軽々しく取り扱えない威風があり、
女房たちな顔を見合せ、
(やっぱり・・・)
(宮さまに思いをかけて、
いらしたのですね)
(人づてのご返事が、
お気にいらないのです)
と言い合い、宮に、
「あんなにまで、
仰せられますものを、
知らぬ顔で押し通されるのは、
失礼にあたりましょう」
と申し上げる。
宮は、
「母になり代わりまして、
お相手するはずで、
ございましたが、
看病に疲れまして・・・
お許しくださいまし」
とほのかに言われる。
夕霧は居ずまいを正した。
「御息所がご快癒なされば、
宮さまも晴れ晴れなさるであろう、
と思えばこそ、
でございます。
私のお見舞いを、
御息所のためとばかり、
お思い遊ばされましたか。
長の年月、
積もる私の心を、
宮にお認め頂けませぬとは、
くちおしく存ぜられます」
夕方になった。
山かげは小暗く、
ひぐらしがしきりと鳴く。
垣根の撫子が風になびいて、
前栽の花は乱れ咲き、
水音は涼しい。
山風、松のひびき、
それに経を読む僧の声、
鐘の音。
すべてがあわれで、
夕霧は帰る気がしない。
御息所が苦し気にしていられる、
というので女房たちは、
あちらへ参って、
宮のお前は人少なになった。
(心に秘めた思いを、
打ち明けるには、
絶好の機会ではなかろうか)
夕霧はそう思った。
折から霧が、
白々とたちこめてくる。
「帰る道すら、
見えなくなってしまいました。
まるで霧が私を引き止めるような」
と申し上げると、宮は、
「なんの霧がおみ足を、
引き止めますものか・・・
うわのそらなことを、
仰せられるかたなどを」
とつぶやかれる。
夕霧は胸しめつけられる、
思いがして、
いよいよ帰る気を失った。
この年月の抑えきれない、
思慕の念をほのめかす。
宮は今まで全く、
お気づきにならぬ、
でもなかったが、
知らぬ顔を通していられた。
それをかくもはっきりと、
言葉にして怨みをいわれると、
煩わしくお思いになる。
今はもうお返事もなさらない。
夕霧は落胆しつつ、
(思いやりのない、
無礼な男と思われてもままよ、
どうにかして、
思いのたけを今宵は宮に、
お知らせせずにおくものか)
夕霧は供を呼んだ。
「ここの律師に、
ご相談したいことがあるので、
今夜はここに泊まる。
この者、あの者はここに、
随身の男どもは、
近くの荘園へ向かわせよ。
ここで大勢で、
やかましくするな。
こんな旅寝は軽々しいと、
人も噂するだろう」
供の男は、
心得て立った。
「霧で帰る道が見えませぬ。
どこに宿借るも同じことなら、
この御簾のもとを、
お借りしとうございます。
阿闍梨の勤行が終られるまで、
ここに居らせてください」
と夕霧は落ち着いていった。
宮は不快に思われたが、
今さら御息所の方へ、
行ってしまうのも、
わざとらしく思われて、
息をひそめて、
じっとしていられた。
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(次回へ)