むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

30、若菜(上) ③

2024年01月24日 08時47分29秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・女三の宮
(源氏の異腹の兄君、朱雀院の姫君)の、
乳母に左中弁なる兄がいた。

この兄君、弁は、
六條院へも親しく出入りしており、
また朱雀院にも妹の関係で、
女三の宮に心を寄せて、
お仕えしている。

乳母はこの兄、弁に、
姫宮のことを話した。

「朱雀院は、
三の宮の姫君を六條の院へ、
おかたづけになりたいご様子です。
折があれば六條院(源氏)のお耳へ、
そのことを伝えて下さい。
まあ、内親王さまは生涯、
独身でいらっしゃるのが、
決まりのようになってはいますが、
でもやはり、
しっかりした庇護者がいられるに、
こしたことはありません。
お一人でいられると、
とかく噂が立ったりして、
お気の毒です。
朱雀院がご出家なさらぬうちに、
姫宮をおかたづけになれば、
私もこの先、
ご奉公しやすいのですけど」

「ふ~む。
三の宮を六條の院に、ねえ」

と弁は考え込んだ。

弁は六條院内部の、
人間地図に明るく、
源氏の人柄もよく知っていたが、
この問題には、
首をかしげる。

「むつかしいところだ。
六條の院へ姫宮がお輿入れなさっても、
幸福になられるかどうか・・・
六條の院は、
いったん愛された女性は、
少々お心にかなわなくても、
親切に引き取って、
いつまでもお世話なさる。
だから、そういう方々が、
お邸にはたくさんいらっしゃる。
しかし、本当に愛して、
大切にしていられるのは、
対のお方、紫の上お一人でね。
お邸の他の夫人がたは、
淋しい思いをしていられる。
そこへ姫宮が加わられるとなると、
どうなるか、
私にはわからない。
ただ、内親王さまのご身分がら、
まさか紫の上に、
けおされなされることは、
あるまいと思うけれど、
それもどうだか。
六條の院(源氏)は、
あの紫の上のお人柄や、
愛情にご不足はないようなものの、
しかし正式に結婚なさったわけでは、
ないから」

「そうですよ。
あの方は世間へのご披露宴もなく、
いつとはなし北の方のように、
なってしまわれた、
というだけで、
六條の院はそのかみの、
亡くなられた葵の上
(夕霧の母)以来、
正式な夫人はおありにならない」

弁はそういいながらも、

「もし三の宮の姫君が、
六條の院の北の方になられたら、
これはもう、ご身分がら、
どんなにお似合いのご夫婦だろう」

といった。

乳母は兄の意見に力を得て、
朱雀院に申し上げた。

「六條の院では、
きっとご承知なさるだろう、
と弁は申しております。
六條の院は、
かねて身分高き正式な夫人を、
とお望みになっていらしたらしゅう、
ございます。
正式なお話があれば、
橋渡しをしてお伝え申し上げる、
と弁は申しております。
六條の院には、
多くの女人がおいでで、
その中で姫宮がご苦労なさいますのも、
お気の毒ですが・・・」

朱雀院のお迷いも深い。

「いま、三の宮には、
三人の男から縁談が来ている。
兵部卿の宮、
藤大納言、
それに太政大臣の長男、柏木衛門督だ。
しかし、どれも一長一短で難しい。
みな、三の宮を大事にする、
と誓ってくれてはいるのだが、
あまりに宮がいたいけで、
初心なので妻としての心持が、
不十分ではあるまいか・・・
その点からいうと、
六條の院のように、
中年のりっぱな大人に托した方が、
安心できる気がする」

院は、内親王が、
世の常の結婚をして、
人妻の暮らしに入ってゆくのを、
喜ばれなかった。

また人妻につきものの、
嫉妬や気苦労を、
高貴な姫宮に強いるのも、
お避けになりたかった。

といって独身で過ごさせるとなると、
庇護者のない、
たよりない姫宮は、
世の荒波を防ぎかねて、
どんなはずかしめや、
あやまちに身をさらされるか、
わからない。

「もう少し、
この姫宮がしっかりなさる年ごろまで、
そばにいてあげられればいいのだが、
こう病が重くては、
先も短いように思われて、
心がせかれる。
早く姫宮を結婚させて、
世をのがれたい・・・
やはりいろんな点から考えて、
六條の院しか適任者は、
いないように思われる。
あの人なら、
姫宮をかばい育てて、
夫ともなり親ともなり、
守ってくれるであろう」






          


(次回へ)

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