むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

12、澪標 ②

2023年10月07日 08時43分56秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・年あけて二月、
東宮はご元服になった。

おん年十一歳、
お年のわりに大きく、
お美しくて源氏と瓜二つ、
といっていいくらい似ていられる。

母君・藤壺入道の宮は、
そのことでひそかにお心をいためていらした。

帝は東宮のご成長を頼もしく思われ、
世を譲られることなど、
やさしく東宮にお教えになる。

二月二十日、譲位のことがあった。

帝の母君・大后はおどろかれ、
あわてられた。

世の人は位をおりたもうた君を、
「朱雀院」とお呼び申し上げた。

東宮には承香殿の女御のおん子が立たれた。

世の中の一切はあらたまり、
花やかににぎわった。

源氏は大納言から内大臣になった。
左右大臣の座はすでに占められていたから。

そのまま摂政として、
政治をみるのであろうと世人は思ったが、
源氏は、

「そんな繁忙な重責には堪えられない」

として引退した大臣にゆずった。
亡き妻・葵の上の父君である。

大臣はすでに官を辞した上に、
老齢だからと否まれたが、
乞われてついに太政大臣になられた。

お年は六十三歳。

子息たちも沈んでいたのが、
打ってかわって花やぎ、
浮かび上がった。

かの葵の上の兄君、
かつての宰相の中将は、
権大納言に昇進した。

彼の北の方は、
もとの右大臣の四の姫である。

その腹の姫君が十二になったので、
今の帝に入内させようと大切に育てている。

若君は元服させ、
数多い子女で邸内はにぎわっているのを、
源氏はうらやましく思った。

源氏は親友・権中納言にくらべ、
子供は葵の上にできた夕霧一人である。

夕霧は人目を引く美しい少年に育って、
童殿上をしていた。
(行儀見習いに貴族の子弟が、
御所で仕えること)

それを見るにつけても、
母の葵の上が亡くなったのを、
父大臣や、母の大宮は嘆いていられた。

源氏は今も昔に変わらぬ心ばえで、
大臣の邸をよく訪れ、
夕霧の乳母をはじめ、
古い女房たちにも、
いろいろよく計らうのであった。

私邸の二條院に仕えて、
源氏の帰邸をひたすら待っていた者たちにも、
源氏は厚く報いた。

それぞれに応じて心くばりをするので、
外出するひまさえないのである。

源氏は愛人たちを集めようと思った。

二條院の東にある邸を改築して、

(花散里のような、
心もとない人々をここへ引き取って、
住まわせよう)

という構想のもとに、
修理をはじめた。






          


(次回へ)

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