むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

30、若菜(上) ⑥

2024年01月27日 08時31分08秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・異腹の兄・朱雀帝を見舞った、
源氏はこのときのやりとりが、
大きな運命の展開をまねくことに、
なろうとはどうして知ろう?

もし源氏に、
全く女三の宮を、
引き取る意志がなければ、
院のお言葉に気づかぬよう、
他の話題にすりかえて、
ごまかしたであろう。

お気弱の院は、
すぐ源氏の意を察しられて、
決してお言葉を重ねられなかった、
であろう。

しかし源氏の気持ちの底には、
女三の宮に対して、
好奇心が芽生えはじめている。

それを吹き払っても、
吹き払ってもただよい、
まつわってくる。

「ご身分がら、
内親王のような方は、
ご後見役がなくては、
かないますまい。
東宮がりっぱでいられて、
お妹の宮たちを、
お世話なさいましょうから、
ご心配はございますまいが、
しかし、帝にのぼられては、
こまかいところまでは、
行き届きますまい。
何と申しても、
結婚なさった夫が、
お世話するのがいちばん、
ご安心でしょう。
内々、しかるべき人を選んで、
おかたづけになれば、
いかがでしょう?」

源氏の言葉は、
朱雀院の意をむかえて、
さそい水になっている。

源氏は女三の宮への関心と、
同じくらいの重さで、
院のお心を喜ばせたい、
お気持ちに沿ってあげたい、
という気になっている。

いつも、
失意を味わって来られた院の、
順調ではなかった、
ご生涯のうちに、
一つはご満足のいく、
お気の晴れることを、
してさしあげたくなっている。

果たして院は、
ほっと顔色をゆるめられた。

「私もそう思うのだが、
内親王の結婚相手は人選が、
むつかしいのです。
父である私が帝位にあって、
盛りのときでさえ、
むつかしいものを、
まして出家してしまった今では・・・
まことに申しにくいことだが、
あなたの手もとに、
引き取って頂けますまいか。
夕霧中納言などが、
独身でいるときに、
申し込むべきであった」

「中納言は、
実直でございますが、
まだ若いので、
たよりのうございます」

源氏は夕霧を、
苦しめたくなかった。

院の仰せとあれば、
夕霧と結婚させなくてはならない。

雲井雁しか眼中にない夕霧は、
ご降嫁を承諾できず、
困惑するであろう。

源氏は、
自分で自分を、
追い込んだ形になった。

「勿体のうございますが、
私が心をこめて、 
お世話申し上げましょう。
お父君がわりともなりましょう。
ただ、宮にくらべて、
私の生い先短く、
長く後見できぬであろうことが、
心苦しく存ぜられます」

「おお・・・
そうおっしゃって頂ければ、
これに過ぎる喜びは、
ありません。
母を亡くし父に捨てられた、
おさない三の宮を、
どうか行く末長く、
いたわって育てあげてください。
いや、
これで心の迷いが晴れました。
修行の道にいそしみ、
本意を遂げることができそうに、
思われます」

院は晴れ晴れとおっしゃった。

源氏は黙っている。
とうとう承引してしまった。

姫宮は、
養女として、
源氏のもとに、
おいでになるのではない。

いろいろ言葉は飾られても、
ご降嫁になることに、
まちがいはない。

紫の上に、
この事実を、
どう語り聞かせよう?

源氏は思い乱れた。

紫の上も、
かねて源氏と女三の宮の、
縁談を耳にしないでもなかった。

(まさか実現するはずないわ。
前斎院(朝顔の宮)のときも、
あれほどご執心だったけれど、
ご自分から断念して、
踏みとどまれたのだもの。
こんども・・・)

と思って、

「こんな噂がありますけれど、
事実なの?」

と源氏に問うこともせず、
無心に過ごしていた。






          

(次回へ)





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