南岳小屋への登り
歩き始めて数分で雪渓のある沢に出る。リボンに沿って渡るとその先は長い長い急登であった。
テントを背負ったザックは1年振りの為、登る時のパワーが弱くなっている。
辛い登りで何度も何度も立ち止まる。高度計の高さは増えて行かない。
すれ違う人に『この先は長いですか?』と答えが分かっているのに聞いてしまう。
『まだこれからが急だよ』
と聞いてガックリくるのだ。
しかしまあ歩いて行くと変化もある。後ろを振り返ると笠ヶ岳がデカイ。
2年前に苦戦したクリヤ谷も見える。樹林帯が終わり木道を通過すると岩場に出た。
だいぶ稜線が近づいてきたようだ。しかし自分の脚が前に進まない。
トレーニングをサボっている事が、見事なまでにスパンと結果として跳ね返ってくるのだ。
なんとか頑張って南岳小屋に到着。3.5時間位かかった。
しかし、ここでホッとしていてはイカンのだ。
北穂・奥穂に行くには大キレットと言う難所を通過せにゃイカンのだ。
両脇が数百メートル切れ落ちている細い道を歩いたり壁をよじ登ったりを繰り返す。
途中でエスケープルートがない為、『コエーからやっぱやめた!』と出来ない。
近年でも何度となく死亡事故が起きている。
とまぁ書いたが、登山をする者はなんだか知らんがこのルートに憧れるのだ。
俺も4年前、蝶ヶ岳から見た時に『絶対にいつか行きたい!行ってやる!』と誓ったのだ。
だもんだから、両神山、二子山、妙義山、で鎖の練習もした。ある程度、鎖場の自信はあるのだ。
まぁ練習から相当時間が経ってしまい、日ごろの運動も減り、体重も増え、色々なマイナス材料もあるのだね。話しがずれてきました。
まぁとにかく気合を入れて大キレットに向ったのだ。
大キレットでの降雨
南岳小屋の注意を促す看板に目をやり、キレットを下り始める。
急勾配をくだるが、まだ余裕はあるので、傾斜のスリルを楽しめた。目の前に立ちはだかる北穂の壁がデカイ。
思ったよりも近く感じた。
噂の梯子も恐怖を感じる事なく通過できた。鞍部まで降下すると、稜線歩き。
テクテク歩くのだが、両脇を見ると深くふかぁく!切れ落ちている。
信州側はポカポカ陽気で楽しい。が、飛騨側を通ると強風とその音で強風感を煽ってくる。歩いていると、西の方から雷が鳴っているのが聞こえた。笠ヶ岳の方で黒い雲が見える。『まぁ雨は降るかも知れんが、自分等が北穂に着くまでは雲は来ないだろう。』と他人事のように考えていた。しかしまぁそれから10分位だろうか?雷鳴が大きくなり、だんだんガスが昇ってきた。あっという間に北穂を隠してしまい、雨がポツポツ降り出した。
場所は長谷川ピーク前なんで、チョットした広い場所でカッパを着ようと思い先を急ぎたい。ところが、すれ違いの出来ない所に限って対向者と出会うのだ。
対抗者のおじさんも焦っている様で『雨だ!カッパを着るんだ急げ!』なぁんて言っている。おじさんがカッパを着だしたら通れないでしょ!と、こちらも焦ってくる。
絶壁を背にしてなんとかすれ違い、長谷川ピークを超えた。雨が一層強くなり、足場がすべる。急傾斜の断崖絶壁でこの雨には参った。ヒロミは高度感のある岩場に恐怖が無いのだが、雷、虫、にめっぽう弱いのだ。雷鳴が強くなり、冷静ではなくなっている。更に雨で足場が滑るので、パニクッて泣きそうだ。ピークから少し行った所に雨を避ける事が出来る岩場があった。
『よしカッパを着て停滞しよう!』
時間は12:30だ。3時間停滞しても日没には北穂に間に合うだろう。
急いでカッパを着るが、焦っている為、靴が引っかかってナカナカ履けない。
ヒロミも焦っていて『履けないー履けないー!』と言いながら叫んでいた。
岩場の影で停滞していると精神的にかなり参った。
・まず濡れた軍手が冷えて、体全体が寒くなった。
・雷が光ると同時に雷鳴が大音響で響いた。『バリバリバリー!!!』稲光は縦ではなく真横に走った。ヒロミには強がって『大丈夫だ!』と言っていたが内心ビビッていた。初めて雷で恐怖を感じた。
・もし雨が上がったとしても足場が濡れたので、この先の難所通過に時間が掛かるだろう
・足場が悪いって事は、難所通過は怖いんだろうなぁ。
停滞中に北穂の壁を見上げると、雨の中、登っている人が見える。
スンゴク危なく見えるのだ『大丈夫かなぁ。怪我しないでくれヨ』と心配になった。
南岳方面を振り返ると、ビバークを決めたパーティーが黄色いテントを張っていた。
『テント張る程、長雨になるのか?まだ13:00前だしなぁ。』これを見た時には気分的にゲンナリ来た。
が、自分の判断は長雨にならないと思った。雷雲なので1時間もせずに雨は弱まると思ったのだ。
その為、止んだ時にスグ動けるように構えて気持ちを準備していた。
13:30頃か、まだ雷も光るのだが、音が段々遅れて聞こえてくるようになった。
雨が弱くなってきているので進む事を決断した。
ここからは登りが始まる。上を見上げると北穂の壁が目の前に迫っているように見えた。
天気が良い時は、
『これからここを登るのか!楽しみだぁ』
なぁんて思っていたが、今は違う。徐々に恐怖感が自分の中に出てきたのだ。
『足場が悪いし、絶対事故を起こしちゃイカンなぁ。ヤベーなぁ。』なんて不安が不安を大きくする。
テンションが下がるとパワーも出なくなるのだ。スポーツ選手が『応援してもらって力が出た!』とか言っているけど、あれの逆だね。普段なら、なんでもない鎖が必要以上に怖くなり、登っていても疲れやすくなるのだ。
なんと雨の中降りてくる二人組みに合う。奥穂から来たらしい。ザックは100Lくらいだろうか。
挨拶がてら話をした。
雨の中でここを下るのは相当恐怖があるようだ。死ぬかと思ったらしい。
だったら停滞しなよ!って思ったのだが、停滞して身体が冷えるほうが危ないと思ったらしい。
まぁ停滞する場所もなかったのだろう。
こんな状況で会話をすると、『辛いのは俺等だけじゃないんだ!』と思い、なんだか勇気が沸いてくる。
最難所である飛騨泣きに着くと緊張がピークとなり、腕や脚に力が出なくなってきた。
相変わらず飛騨側からの強風がビュービュー鳴いている。またこの音が恐怖感を煽るのだ。
ヒロミと二人で声を掛け合い、気合を入れなおす。飴を口に放り込み再出発!
必死でびょうと鎖を掴みながら、濡れた足場に気をつけて通過した。
気合を入れなおしたせいか、恐怖は小さくなった。横にかかっている鎖を通過すると、一旦小休止。
いつのまにか雨は上がっていた。来た方角を振り返るとガスが晴れている。
常念がクッキリ見えている。。。
『ウン!?』
なんだか変な感じだ。ガスが無いドコロか空気が澄み切ってスンゲー遠くまで見渡せるぞ!雨が大気を綺麗にしてくれたようだ。
左を向くと笠ヶ岳がクッキリ雄大だ。順番に右に目を移して行くと、黒部五郎、大きな薬師、尖った形は鷲羽か!ホントに黒い色をしている水晶、ドデカク見える南岳と大食岳、おー剱の形がハッキリ分かるぞ!ありゃ!二つ尖っている形は鹿島槍だ!おおおお奥に白馬の特徴的な形が見える!!!もっと右奥に火打&妙高じゃないか!?
手前に戻って燕と大天井と常念が3連荘で見えるぞ!!
『なんだぁ!この景色は・・・』目の前に広がるスーパー絶景。
俺の貧弱なボキャブラリーでは言葉に表す事が出来ない。とにかく『日本なのか?!』と言う様な景色に感動した。
しばらく呆然と眺めていたら、テンションが上がってきた。
もう『ヤベーなぁ』と言う意識は無い。『ヤルゾ!』と言う気持ちになって登り始めた。
ガシガシと岩を掴みながら登って行く。ドンドン登ると北穂小屋が大きくなってくる。
後ろを振り返ると、絶景のメイン『槍』のお出ましだ。テンションは上がる上がる!
『ヨーシ!イクゼ!』
と気合が入るが、今度は腕、脚、に力が入らない。
南岳からの急登と雨のキレット通過でHP(ドラクエ風)を著しく消費したらしい。
テンションは高いが、ペースはノロノロで北穂小屋への急登を這うように・・・イヤ文字通り這って登った。
急にカラカラと言う音が上からした。なんだ!?と思い上を見るとスイカ大の大きさの石が降ってきたのだ。
『落石だラク!ラク!』ちょうど自分の目の前に落ちてきた所で停止した。これには肝を冷やした。
小屋が近付くと小屋のデッキから数名の人がこちらを見ているのが分かった。
俺は力無く手を振った。デッキの数名が大きく手を振りかえして『ガンバレー!あと少しだぁ』と
声をかけてくれた。こういう応援って結構力が出るのですね。ヘロヘロではあったが、最後の力をでなんとか登りきった。
小屋に着くと知らない人達から『オメデトー』の声をかけてもらった。
スンゲー嬉しかったのだ。スゲー大変であったが、スンゲー感動とスンゲー達成感を味わう事が出来た。
北穂小屋から15分程あるいた場所にテント場がある。
天場から前穂&奥穂
素早くテントを張って休んだ。
よっぽど空腹だったのか、今まで『アルファ米』と『じゃがりこ』がこんなに美味いと思った事は無かった。