山形県の展望資産として、大山公園の尾浦八景が申請を出している。ここはラムサール条約で有名な下池である。白鳥たちは田んぼに食事に出かけてしまい、3羽しかいなかった。
大山公園には、ビューポイントが沢山あるのだが、今まで斜面の雑木などの樹木が生い茂り、殆ど下界は見えなかった。数年掛けて松と桜を残し、雑木を伐採、視点を幾つか確保したのである。この日は悪い天気ではなかったのだが、右手の鳥海山は裾野しか見えなかった。
もう少し東を見てみよう。下に見えるのは鶴岡市大山の町並み。
月山の頂上ももまた見えなかった。
右手の山は金峰山である。
上池が見える。
元々、大山公園は尾浦城跡だった。城は古くに無くし、雑木で覆われた山だったのを、明治の頃に一人の個人が整備をした。まるで酒田の本間家のようなその人は、清酒大山で有名な造り酒屋の加藤嘉八郎氏である。加藤清正の末裔と言われている人だ。公園を整備した資金は、酒を売ったのではなく、酒粕代だけでまかなわれた程である。それだけ大きな酒蔵なのだ。
彼は東京から彫刻家が招き、生前にこの銅像を造ったそうで、正装して客を招いている様子なのだそうだ。
この銅像のある辺りが、一番広い。広場にベンチなど設置してあるが、雑木が多くて視界が効かなかったのを、高さ50cmに揃えて広くした。
ここには、古峰神社と三吉神社が在る。これは古峰神社の方である。
神社としては面白い造りになっていた。
太鼓橋の向こうにあるのが三吉神社である。
三吉神社の鳥居と参道。緩い石段になっており、散歩するには絶好の場所である。
この鳥居のある辺りからは、金峰山がはっきりと見えた。そこここに東屋が建っている。
こちらは下池と高舘山が見える。看板の奥の方に、テレビ塔が何本も立っている高舘山が見える。
この看板は、建ててから40年は経っているだろうと言っていたが、なるほど丸太の枠は、特に下がボロボロである。よく保ったモノだと感心する。
この公園は、2つの神社と、裾野の方に沢山の個人の方々の土地があり、伐採計画は色々と大変なのだそうだ。特に国有林が混じっている為に、そこには手を加えられないとのこと。尾浦城跡の碑が見える。
その上の高台に着く。右の杉林はまだ伐採していない様子。杉は製材に掛けるほどの大きさでは無く、間伐をしていない為に、ますます細く入り乱れている。ここの斜面は地権者が多いが、伐採して欲しいとの要望が多いそうだ。
人間達が縄張りに入ったのを怒っているヤマガラ。綺麗な色をしていた。なかなか逃げない。彼は小さな身体で、人間を追い払おうとしているようだ。
このベンチの向こうが伐採されていない斜面。今までの公園がこのような状態だった。右側が国有林で、立ち入り禁止の柵があった。
庄内浜から大山公園にかけて、雪の中を歩いたので、私の冬用ボロ靴の中の靴下はグショグショになった。明日は長靴だな。