環鳥海地域をモデルとした森里川海プロジェクトシンポジウムが出羽遊心館で開催された。午前の部は子供達のカヤックから見た酒田の街のワークショップが行われた。午後は大人の部である。
基調講演は東京大学教授・武内和彦氏で、「自然共生社会の実現を目指して~人がつなぐ森里川海」と題して話された。世界の特に西欧の人達は、人間と自然を別の物としてとらえている。それに引き替え、東洋特に日本人は人間も自然の一部であると考え、自然の恵みを享受する一方、地震や津波、台風、火山、地滑り、大水など脅威ととらえ畏怖の念も持ちつつ生活してきた。
地球の人口は増加する一方で、CO2による温暖化など諸問題が起き、COP10などでいかにCO2の放出を抑え、自然と共生する世界ができるかが課題になっている。自然のサイクルを考えると、森川海で命と水などを循環できる。それに里を加えることによって人間との関わりが発生する。
鳥海山を中心にしたこの地域を環境共生にするべくジオ・パーク (※ジオは大地、パークは公園)として、自然を守りつつ進んで人間達も関わっていこうとする取り組みがなされている。
次に、環境省大臣官房審議官の中井徳太郎氏の講演。ジオパーク構想でネックとなるのは、地元住民の盛り上がりと行政の縦割りだと言う。今回は主に環境省の立場からの自然の財産的価値、日本列島の地域別人口の増減問題、森里川海プロジェクトの取り組みについて話された。
私は普段国交省や通産省の立場で地域をみている。今回は環境省側からのモノの見方で、相反する事も多くなかなか大変だなと正直思った。
このジオパーク構想の代表、にかほ市長の横山氏、遊佐町長の時田氏から、それぞれの地域の素敵ポイントを紹介して貰う。
現在はにかほ市になっているが、元々象潟町は約2500年前の鳥海山の噴火による山体崩壊で流れた土砕流で出来た土地である。松尾芭蕉が訪れた頃には、松島と並ぶ海の上に浮かぶ九十九島だったが、文化元年(1804年)の象潟地震で海底が隆起し、現在の形になった。田植えの頃の平野に浮かぶ島々は昔を彷彿とさせるようだ。その他、鳥海山のブナ、鳥海マリモなど、珍しい生物資源がある。
庄内から眺めた鳥海山からは田畑を潤す湧水と共に、牛渡川の鮭の遡上、海岸から直接湧く清水とその恩恵の大きな岩ガキが美味しい。飛島は鳥海山の噴火で頂上が飛んで出来たとの伝説が残っているが、実際に飛島が出来たのは1000万年前、鳥海山はずっと新しく60万年間だそうだ。ナウマン象で有名なドイツの地質学者ナウマン氏が鳥海山を訪れており、影鳥海を見て非常に感銘を受けたと文章に残している。
新たにメンバーを加え、シンポジウムが始まった。いかに子供達に自然の楽しさ豊かさを伝えていくか、それは自分たちが大人からどの様に教えられてきたかを掘り下げる事が必要だそうだ。現在の子供達には故郷がないと言われている。少し不便でもいいかと思える生活を営めるかどうか、楽しく経験を重ねることが大事だそうだ。
冒険家の八幡氏の話は面白かった。石垣島でショップを持っていたが、そこでの自給自足は簡単。ならば東京でそれが出来るかを実戦しているようだ。自宅で鶏を飼い、公園や街路樹の根元に野菜を植えたりと信じられない行動力の持ち主である。