私は、爺ちゃん子だった。父は仕事で忙しく、私たち子供が寝る時間になっても、こうこうと明かりの着いた下で、木材に墨付けをしていた。母は母で家事や妹達と弟子の世話で大忙しだった。長女として生まればかりの私を、「ずっと見ていても見飽きないものだったよ。」とは、随分おとなになって聞いた母の言葉で、本人は可愛がられてないと思っていた。記憶に残る母の廻りはいつも妹たちが占領していて、叱られる時だけ「アンタは姉ちゃんだから、妹が真似するからちゃんとしなさい。」と、頭にゴンと一発食らう時だけ覚えている。
私は寝る時になると、爺ちゃんの寝床で、毎日毎日「昔話」を語って貰っていた。ラジオしかない時代の頃、飽きもせず「桃太郎」も「金太郎」も「浦島太郎」も「山王さんの猿と蛙」の話も「民話」も、しつこくせがんでいた。「きんの(昨日)の話ど、今日の話は、あそこが違う。」などと、生意気に言う私に「ほうが、ほうが」と祖父は笑うだけで、襖一枚外から聞いていた母は、もっけだごどと思っていたらしい。
昔の冬は、今よりもずっと寒かった。祖父の布団の中で、冷たい私の手足を「はっこちゃ、はこちゃ」と言いながら、自分の体温で暖めてくれた。自分の身体がぬくぬくとなる頃には、昔話は地球を半廻りし、シンデレラや白雪姫の未来と共に・・。すでに聴き手は轟沈していた。
クリスマスの朝、目が覚めると、枕元に白い袋に包まれたお菓子が置いてあった。生まれて始めて受け取るサンタのプレゼントだった。本当は田中菓子補さんのお菓子だったんだけどね。有り難い話だよね。貰った本人は、「なんで1日限りなの、次の日はないの?」と言う現実的なことだったのだが。
私は寝る時になると、爺ちゃんの寝床で、毎日毎日「昔話」を語って貰っていた。ラジオしかない時代の頃、飽きもせず「桃太郎」も「金太郎」も「浦島太郎」も「山王さんの猿と蛙」の話も「民話」も、しつこくせがんでいた。「きんの(昨日)の話ど、今日の話は、あそこが違う。」などと、生意気に言う私に「ほうが、ほうが」と祖父は笑うだけで、襖一枚外から聞いていた母は、もっけだごどと思っていたらしい。
昔の冬は、今よりもずっと寒かった。祖父の布団の中で、冷たい私の手足を「はっこちゃ、はこちゃ」と言いながら、自分の体温で暖めてくれた。自分の身体がぬくぬくとなる頃には、昔話は地球を半廻りし、シンデレラや白雪姫の未来と共に・・。すでに聴き手は轟沈していた。
クリスマスの朝、目が覚めると、枕元に白い袋に包まれたお菓子が置いてあった。生まれて始めて受け取るサンタのプレゼントだった。本当は田中菓子補さんのお菓子だったんだけどね。有り難い話だよね。貰った本人は、「なんで1日限りなの、次の日はないの?」と言う現実的なことだったのだが。