忠犬ハチ公 モグモグ日記

ヨジヨジ日記 改め モグモグ日記 改め グダグダ日記 です
街に居ても山に居ても、やっぱりハチはグダグダしてま~す

どこにも行けそうにない…

2005年03月09日 23時50分37秒 | レスト(色々)
今日は雪国転勤で途中から行けなくなってしまった初級登山学校の打ち上げ…
打ち上げだけでも行きたかったんだけど…
会議が長引いて、今日はどこにも行けそうにないや…

シクシク

23:30…やっと帰ってきました…
長い会議中、『運命をわけたザイル』で色々考えた
”死”について、また考えてた…

大王様にも言われたんだけど
確かに、私”自身”の死については
あんまり考えたことなかったかも…

私にとっての死は誰かが死ぬこと
私の大好きな人が、大切な人が、目の前から消えること

何度かはこれまでに経験しているけど
今だ、私自身、受け入れられていない死もある

10年たってもまだ、死人にムチ打つように
帰ってこなかったことを責めてしまう奴も居る

20年たってもなお、あの時、私に何かできなかったか?と
息をするのを忘れるくらい苦しくなる奴も居る

今はもう乗り越えて、元気にそばに居るけど
彼が鬱病になって、毎日いつ自殺してしまうかと
電話が鳴るのに怯えていた日々もあった

私にとっての”死”は大切なものを失う痛み
自分の死は、それがイッペンに来るって感覚

きっと、死ぬ前は、すべてを失う恐怖に死ぬほどもがくと思う
でも、死んだ後は何も感じないなら
もしかしたら…自分の死より、他人の死の方が恐いかもしれない…

「死を見ているようで、その周辺だけ見て、そのものを見ていない」
って言われちゃったけど
私にとっての死はそれがすべてかもしれない
もちろん、動物としての本能として、死に対する恐怖はあるけどね

生と死が表裏一体、すぐそばにあるものだとしたら
きっと、恐怖のそばに、きっと甘い誘惑があるんだと思う

時として死は甘く誘うもの…

「それて鬱病っすよ」
あっさり、ばっさり、切られちゃったけどさ(^^;)

死神に甘く誘われた経験…ないですか??