城北文芸 有馬八朗 小説

これから私が書いた小説をUPしてみようと思います。

慇懃無礼part6

2022-04-22 10:53:25 | 小説「慇懃無礼」

 一般道路に出るようになると、これから先はトントン拍子だ。道路に駐車中の車には近づかないように。近づかなければならない時は速度を落として。車のかげからいつ人が飛び出してくるかわからない。特に横断歩道の手前で車が止まっている時は要注意である。だれもいないように思えると、そういうことも忘れてしまう。
 こっちも危っかしい運転であることは確かだろうが、今度の教官は慇懃無礼である。実にていねいな敬語体で話すのであるが、全然感じが違うのである。白い手袋をしていて、しきりにその手袋をずり上げようとしている。癖らしい。
 「だめですよ。そんなに左に寄っちゃ」
 と言って、ハンドルを横からつかんで、自分で運転している。結局、その人がずっと運転したような感じであった。
 「お客さんはどこの団体さんでございますか」
 コースの中ごろで彼はこんなことを聞いてきた。
 「団体って、ぼくは一般ですよ」
 「この番号は団体割引の番号です」
 と彼は言った。
 おかしい。おれは受付で「紹介ではない」と言ったはずだ。どうして団体割引になっているのだろう。
 「どちらでこの教習所をお知りになられましたか」
 言葉はていねいだが、何か調べられているような感じであった。
 「組合事務所に教習所の人が案内ビラを持ってきたんですよ」
 「ああ、うちの営業が伺ったんですか。何の組合でございますか」
 「いえ、ぼくは組合事務所にアルバイトで雑用をしているだけで…」
 「そうでございますか。うちの教習所はどうでございますか。学びやすいとお感じでございますか」
 多少不愉快な人もいたが、大方よかったように思った。せっかくコンピュータを入れているのだから予約も電話で済むと良いのだがと思った。
 「想像していたよりも良かったので、組合の人たちにも勧めようと思っていますよ」
 と私が言うと、慇懃無礼な教官は、信じられないというような顔をして、黙ってしまった。
 四、五分定刻より早く教習所前の駐車場に着くと、彼は時間になるまで車の中にいるようにと言った。


慇懃無礼part7

2022-04-22 10:49:25 | 小説「慇懃無礼」

 「運転免許を早く取るコツ」という本に書いてあったとおりにやると首が痛くなる。右左をキョロキョロ、オーバーに見るべしと読んだ。左右の注視義務、目の玉だけ動かして見ていたのでは試験官にはわからない。試験官にわからなければ減点だ。つまり、試験官に見ていないと判定されれば減点されてしまう。というわけで、目だけでなく、首を動かせというわけだが、あまりキョロキョロしていると、試験官から「キョロキョロするな」とドヤされる。苦手なあいさつもはきはきとするようにと書いてあった。
 修了検定の発表の時は、入試の発表のようだ。番号に光が灯ると、若い女の子たちが飛び上がって喜んでいる。家に電話をかけている人もいる。
 マスターすれば全員が受かるような入試だったらよかったのに、とふと思うのであった。

(初出1992年「城北文芸」26号改題)