石月正広著『月の子』は、近世における江戸山形屋吉兵衛開版『死霊解脱物語聞書』の実録と史実に基づいて書かれた特異な時代小説です。もっとも、そこに出て来る水死という異状死をモチーフにした伝承は、蛭子を流す『古事記』や入水自殺したとも伝えられる柿本人麻呂などの古い伝説へと溯ることが出来ます。傾く月あるいは欠けゆく月は、死の象徴であるとともにやがて再生する不死の象徴でもあります。もちろん、それは連続した肉体的生命の不老不死ではなく、死んで生まれ変わるという断続を経て魂がいかにして神へと昇華するかという問題と関わることになります。それは蛭子信仰や客人信仰における神が海彼から来臨する所以でもあります。また、生死や美醜といった二項対立の世界を超克する日本人の高い精神性を改めて見直す契機をそこに求めることも出来ます。そういう意味で、『月の子』には、単なる怪奇的時代小説という枠を超えて私たちの魂に訴えかける感動を禁じ得ません。現代人が忘れかけている魂の在り方を問う格好の書と思います。
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