2日目の朝は、エアコンの音がうるさくて朝4時に一度目が覚め、切って二度寝。
心配していた冷え込みはなく、切ってもよかったんじゃないかと思うくらい。
結果、短時間ですが静かにぐっすり眠れました。
次に目覚めたのは朝5時30分。
雨が上がり、穏やかな景色が広がっていました。
東に面した部屋なので、日の出もバッチリ見えました^^
朝風呂に入った後、7時から朝食。
蟹の味噌汁が美味しかったです。
食後は、昨日渡れなかった福浦橋へ。
宿の人に聞くと、営業時間外は自由に出入りできるんだとか。
島内には神社やカフェや、松島の景観を楽しめるスポットがあるようです。
残念ながら今日は時間がないので、渡って写真だけ撮ってすぐに引き返しました。
そういえば、橋を戻ろうとしたとき、何と車が渡ってきました!
橋の幅は狭いので、私が渡り切るのを待っていたんでしょうね。
これには、ちょっとびっくりしました(^^;
8時半にチェックアウトし、再び西行戻の松公園へ行ってみたのですが・・・
さっきまで晴れてたじゃん!
結局、観光ガイドに乗っているような松島の景色を見ることは叶いませんでした。
お天気は気まぐれです。
松島を出発し、三陸道で河北ICへ。
北上川に沿ってしばらく道なりに走ります。
窓から見えるのは広い川と道路だけで、どこまで走っても同じ景色が続いていました。
カーナビもずっと沈黙したままで、本当にこの道なのかと何度も車を止めて確認するほどでした。
10時20分、松島から1時間ほど走って目的地に到着。
ここは石巻市雄勝町にある「海岸線の美術館」という場所です。
絵が描かれているのは、雄勝町の海岸線を囲うように作られた巨大防潮堤。
高さは最大10m(ここは7.5m)で、全長は3.5Km。
その高い壁の向こうには、青空を映す波静かな漁港がありました。
海岸沿いの低地は危険区域に指定され、住んでいた人たちは高台へ移転。
当初は住宅と道路を高台へ移転し、防潮堤は作らない方針だったと聞きます。
そうすることで、美しい景観を守ろうと考えたそうです。
ところが道路は移転対象外だったため、防潮堤を作って海岸沿いの道路を守ることに。
高台移転にも時間がかかり、四千人だった人口は千人まで減少。
復興事業とは何なのか・・・そんなことを考えさせられる場所でした。
次に向かったのは、震災遺構の旧大川小学校です。
雄勝町から来た道を戻る途中、新北上大橋の手前にあります。
伝承館が休館日なので予定に入れていませんでしたが、ルート上にあったので立ち寄りました。
ここでは児童70名(うち4名は行方不明)と教員10名が亡くなりました。
不適切な避難判断で、裏山ではなく川のそばにあった小高い場所へ・・・
後に、その対応が学校による過失だったとして裁判で争われました。
学校の裏には、子供の足でも十分避難できそうな傾斜の緩やかな山がありました。
あそこに逃げていればと思うと、無念でなりません。
現地に来て、あらためてそう感じました。
再び空は黒い雲に覆われ、強風とみぞれが降る天気に。
移動のたびに天気が目まぐるしく変わります。
12時頃、南三陸町に到着。
ここには「南三陸さんさん商店街」と伝承施設の「南三陸311メモリアル」があります。
商店街は2017年にオープン、伝承施設は2022年10月に開館しました。
南三陸さんさん商店街は、津波により壊滅した志津川地区の、嵩上げされた場所に作られた新しい街。
商店街には、鮮魚料理のお店や土産物屋だけでなく、理髪店や電気屋さんもありました。
まずはこちらで腹ごしらえ。
三陸は牡蠣とホヤが名物ということで、牡蠣入りのうどんとホヤの天ぷらをいただきました。
ホヤの味はよく分かりませんでしたが、フワフワした触感で美味しかったです。
なお、オレンジ色のところは硬くて食べられませんでした(^^;
今度はお刺身でもいただいてみたいものです。
写真は前後しますが、震災遺構と復興祈念公園を見た後、南三陸311メモリアルを見学しました。
特徴的な建物は、建築家・隈研吾氏によるものです。
館内では、震災に関する写真や説明パネル、証言映像やアート作品などの展示を見ることができます。
メインコンテンツの「ラーニングシアター」は、スケジュール的に難しかったので見送りました。
展示の中で最も衝撃を受けたのは、防災対策庁舎に避難して生存した人の証言でした。
復興祈念公園にある鉄骨の骨組みだけになった建物が、震災遺構・防災対策庁舎です。
この屋上には最初に49名が避難し、最終的に生き残ったのは10名。
その話を聞いた後にあらためて建物を見上げると、恐怖に足がすくみました。
津波はこの屋上2mまで達し、屋上にいた人をも飲み込みました。
濁流の中で生き残った人は、アンテナに掴まったり手すりにしがみついたりして必死に耐えたのだそうです。
映像の中でご本人は穏やかな表情で話されていましたが、想像を絶する恐怖だったと思います。
さっきまで一緒にいた人達が、次の瞬間にはもういない。
その無念さ、悔しさ、悲しさ・・・
この高台の下で起きたこと。
あの恐ろしい真っ黒な津波が、全部を奪っていった。
防災対策庁舎の屋上の位置を見て、これが津波の高さなんだと。
津波警報が出たらより安全な場所へ逃げられるよう、この景色を覚えておこう。
そんなふうに思いました。
南三陸から気仙沼までは三陸道で約30分、15時半に到着。
ホテルに向かう前、高台にある「気仙沼復興祈念公園」と「安波山」に立ち寄りました。
復興祈念公園が開園したのは、震災から10年目にあたる2021年。
わりと最近のことなんですね。
そこからさらに上ったところにあるのが、安波山。
展望台「ひのでてらす」からは、気仙沼湾と市街地が一望できました。
お笑いコンビのサンドウィッチマンのお二人が、震災の時に避難したのもこの山でした。
真っ黒な津波が湾に流れ込み、渦を巻き、土煙が上がり、飲み込まれ、炎が上がり・・・
そんな光景が想像できないくらい、美しく清々しい眺めでした。
ホテルにチェックイン後、明るいうちに付近を散策。
海辺に森進一の「港町ブルース」の石碑があったので、スマホで曲を流しながら散歩しました。
歌詞に「港 宮古 釜石 気仙沼」というフレーズがあるんですね。
それにしても、車はたくさん走っているのに人がほとんど歩いていません。
この辺りは観光エリアではないのでしょうか?
昨晩見たテレビ番組で紹介されていた「浮御堂」にも行ってみました。
内湾を臨むビュースポットで、高台から見るのとはまた違った港町の風景が見れました。
陽が沈むと急に冷え込んできたので、ホテルに戻って温泉に入り、今夜はホテルで晩御飯!
メインディッシュは、地元のご馳走「春告げめかぶ」のしゃぶしゃぶ!
めかぶをこの姿のまま食べるのは初めてです。
湯でしゃぶしゃぶすると、あっという間に鮮やかな緑色になりました。
コリコリした食感が病みつきになります^^
長く浸すとヌメリで出汁がトロトロになって、さらに美味しくいただけました。
カジキのお刺身や牡蠣のジュレなどもあり、様々な地元食材を楽しめて良かったです。
ホテルの温泉は「気仙沼温泉」で、舐めると塩辛いナトリウム・塩化物強塩泉。
体がポカポカと温まって気持ち良かったので、寝る前にもう一度入りました。
浴室からは気仙沼湾やライトアップされた橋が見え、心も体も癒されました。
ホテルの色々なところで見かけた、オレンジ色の被り物の可愛いヤツ。
昼に食べたホヤをモチーフにした「ホヤぼーや」という、気仙沼の観光キャラクターです。
温泉や美味しい料理だけでなく、この子にも癒されたので、思い出に写真を貼っておきます^^
(つづく)
<今日の旅程>
08:00 朝食後に散策(福浦橋)
08:30 チェックアウト・西行戻の松公園リベンジ
09:00 移動開始(松島北IC~河北IC)
10:20 海岸線の美術館・道の駅硯の里おがつ(20分ほど滞在)
10:50 震災遺構 ②旧大川小学校(20分ほど見学)
11:10 移動開始(国道398号~国道45号)
12:00 南三陸さんさん商店街で昼食
13:00 震災遺構 ③防災対策庁舎・311メモリアル(90分ほど見学)
14:30 移動開始(南三陸海岸IC~気仙沼中央IC)
15:30 気仙沼復興祈念公園・安波山(30分ほど散策)
16:10 チェックイン・ホテル泊
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