明治生まれの 義父は誠に 威風堂々とした体格であった.
どちらかといえば 口数の少ないほうだが かたりくちも 朴訥で
まあ 笑顔だけは絶やさない 大地主の根っからの農民ということだ.
80過ぎても 病気1つナイ 頑健なこらだをもっていた
焼酎が大好きで 一升の焼酎ぐらいでは 何の変化もない
わたしの家までは12㌔ぐらいあるのだけれども 歩いてやってくる
お茶より策に コップで焼酎を2杯ぐらい飲んで また歩いて末って行く.
わたしは
生来下戸の血を引いていて焼酎は待つ宅飲めない状態だったのが
義父にだいぶ鍛えられて 大酒飲むようになった
92歳の正月をみんなそろって 過ごした.いつものようにほほを染めながら
焼酎をおいしそうに飲んでいたが
「ちょっと 体の様子が可笑しいから 病院に診察にいってくるわ」
といって其のまま 入院してしまつた
翌日義兄と 見舞いに行った 義父の枕元で 二人盛り上がって
話を傷ませていたら
「突然 お前たちが 枕元で 騒ぐ゛とやかましいから モウ帰れ」といわれて
別れた. たかいしたのは翌日のことだった.
時に触れ 折に触れ 脳裏に離れない義父の姿である.