木枯らしや母の命日花を買う
母の命日は11月であるからこの句にした。
行きつけのスーパーに花を売ってはいるが花屋ではない。
少し足を延ばして、別のスーパーに行ったら店員の居る花屋があった。
店頭にメダカをを飼っていて、少し話をして花を買った。
広大な干潟に猫が二匹と三匹別々に暮らしている。
二匹のトラとクロは去勢済みである。
奇特な人が去勢をしたらしい。
もう三匹は去勢をしていない。
後から捨てたらしい仔猫が脱腸になって3センチくらいも赤く出ていた。
皆でお金を出し合って病院に連れて行ったが手術の翌日他界した。
何と6万五百円も集まったが命はお金に変えられない。
朝早く起きて、或いは昼の暖かい日に、雨の日も・・・
餌をやりに行きひとしきり遊んでやるのが楽しみだ。
みんな思い思いに世話をしている。
干潟ならではの光景だ。住宅地ではこうはいかない。
干潟に埋めにいった。
ひっそりとしたところに埋めたら近くに水仙が咲いていた。
ペットボトルに差してその花を手向けた。
干潟の遊歩道は思い思いの人が行き交う。
そうしたドラマも時には生まれる。
今朝も夜明け前から給仕に?行った。