「今夜、ウチに来て。お願い」
小首を傾げながらにっこり微笑み、そんな可愛らしい言葉を口にする女を無視する程、この男は出来ちゃいない。
むしろ、ホイホイのこのこ下心満載でやって来る。
何せ、密かに好意を抱いている女からのお誘いだ。
これを受けずして何とする。
据え膳食わぬは男の恥。
などと、自分に都合の良い言葉を胸の内で羅列しながら足取り軽くやって来たボンボンは、幾分鼻息を荒くしながらインターホンを鳴らした。
『はい』
「俺だ。開けてくれ」
『俺?俺なんて名前の人、知りませんけど』
「つくしちゃんをこよなく愛する男です。お誘い頂いたのでやって参りました」
『該当者が多すぎて分かんないなぁ』
「てめっ・・・そんなにいるのか!?俺以外の男が」
『ちょっと!人を淫乱みたく言わないでよ!大体ね、男に捨てられた私が男っ気あるわけないでしょーが』
「該当者が多すぎるなんて言うから───」
『冗談に決まってんじゃん。今、鍵開けるから』
インターホン越しでのこれ以上の掛け合いは、さすがにボンボンが不審者に間違われる。
もし警察に通報されたら厄介だ。
そう思ったつくしは、玄関の鍵を開けて来訪者を招き入れた。
「いらっしゃい。急に呼び出して悪かったわね」
「いや、気にするな。つくしちゃんの為ならいつでも駆けつけるからよ」
「それなら安心ね。さ、中に入って」
満面の笑みを浮かべながら来訪者を部屋の中へ誘(いざな)ったつくしは、心の中で高笑いを上げながら、
「夜は長いんだし、まずはシャワーでも浴びてリラックスしたら?」
などと、勘違いを増長するような言葉を浴びせた。
すると案の定、来訪者のボンボンは顔を紅潮させマッハな勢いで首を縦に振るではないか。
そんな来訪者に意味ありげな微笑を向けたつくしは、客用のバスタオルを手渡すと、浴室へと案内した。
そして、来訪者がシャワーを浴びている音を耳にすると、部屋の明かりを消し、簡易照明だけを点けて室内を薄暗くした。
「ふっふっふっ。今夜は寝かせないわよ。覚悟をおし、エロ門総二郎」
聞く者によっては完全に勘違いするであろう言葉を呟いたつくしは、エロ門・・・西門総二郎がシャワーを浴びている間に素早くパジャマに着替えると、万全の態勢を整えた。
と同時に、カラスの行水よろしくシャワーを浴びた総二郎が、フェロモン全開で室内に姿を現した。
「ず、随分早いじゃない。シャワー浴びるの」
「あんまりお待たせするのは悪いと思ってな」
「ふ~ん」
「それにしても、部屋を暗くするには気が早くねぇか?こういうのはさ、ムードを作って気分を高めてからの方が盛り上がるってもんよ」
「へぇ・・・」
「おまけに何だよ!?そのパジャマは。色気もへったくれもねーな」
「だって、そんなモンは必要ないから」
「はっ?」
「駆け引きなんてまどろっこしい事、嫌いなの。やる事は一つなんだから、さっさと始めましょ」
そう言うや否や、口角を上げ不敵な微笑を浮かべたつくしは、指をパチンと鳴らした。
すると、それが呼び水となり、数人の女性達がつくしと総二郎の周りをぐるっと囲った。
「うわっ!な、なんだよコレは!?」
「アンタみたいなヒドイ男に騙され、失意のうちにこの世を去った女性達よ」
「・・・この世を去った?」
「そっ!」
「って事はつまり・・・」
「幽霊」
事もなげにそう言い放ったつくしは、顔を強ばらせ唇を戦慄(わなな)かせながら自分に救いを求める総二郎に、フンッと鼻息を荒くしながら説教をし始めた。
「昔から言ってたよね?私。アンタみたいなチャランポラン男、いつか刺されるよって。運の良い事に、今まで刃傷沙汰にはなってないけどさ。でもね、やっぱりこのままではダメだと思うのよ。人間、成長しなくちゃ」
「へっ?」
「騙された女性も悪いと思うよ?でも、騙す男性も悪い。そして、罪悪感を抱いてないヤツが最も性質が悪い!みんながみんな、アンタやアンタが相手するような女みたいに割り切れる訳じゃないの。分かる!?」
「は、ハイ・・・」
「ってなワケで、今から説教大会を開催します。参加者は、アンタに似た男に人生振り回された被害者女性の幽霊と、元凶であるアンタよ」
彼女達の怨み辛みを夜通し聞くがいい。
そして反省しろ。女性に対して誠実になれ。
あたしゃ、向こうで寝るから。
えっ?俺を放ったらかして呑気に寝るつもりか・・・って!?
当たり前田のクラッカーよ。
何で私がアンタに付き合って説教喰らわなきゃなんないのよ。
元はと言えば、アンタの行いのせいじゃない。
言わば「身から出た錆」ってヤツでしょ。
人を巻き込まないでくれる!?
そうケンモホロロに冷たく突き放したつくしは、大あくびをし、パジャマの上から肉付きのよい腹をボリボリ掻くと、布団の中に入り幽霊達の怨み節をBGMにしながら秒殺で眠りに入った。
そして、明け方になりやっと幽霊に解放された総二郎が叩き起こすまで、つくしは腹を出し、ヨダレを垂れ流しながら熟睡していたという。
〈あとがき〉
CPナシのはずが、気づけば総→つく・・・。
その方が話の流れを作りやすいからなんですけどね。
初めに考えてたラストとは違った内容になってしまいましたが、まあいいか(笑)
それにしても総ちゃん、かなり幽霊達に絞られたんだろうなぁ。