溺愛する長男の息子を次期家元に。
そんな御家騒動にもなりかねない野望を抱く家元であったが、その野望に真正面から異を唱える者が現れた。
それは、
「家元夫人だ」
総二郎の母親でもある家元夫人だった。
「西門さんがいるのに、お兄さんの子供を次期家元にするのはおかしいって言ったの?家元夫人は」
「いや、違う」
「えっ!?」
「兄貴の息子を次期家元にするのではなく、弟の・・・三男に跡を継がせるのが筋だろうって言い出した」
「なっ!?何でそんな───」
「兄貴が家を出た際、俺が『跡は継がない』ってハッキリ言ったからだ。だから、あの二人には俺が跡を継ぐっていう選択肢は全くなかったんだよ」
それに加え、家元夫人は三男を溺愛している。
だから余計に、三男に若宗匠を継承してもらいたいのだろう。
「例えばの話、俺が若宗匠を継承する腹積もりでいたとしても、あの夫婦は認めなかっただろうよ」
学生時代の素行不良を理由に、俺を跡継ぎとして認めないと嬉々として公言しただろう。
とても人様の上に立てる様な器ではないとでも言って。
本当に俺を次期家元にするつもりなら、もっと厳しく私生活を管理していたはずだ。
でなけりゃ、俺の激しい夜遊びを黙認なんてする訳ないだろ。
どの道、あの二人は俺を次期家元にするつもりは端(はな)からなかった。
家元は長男を、家元夫人は三男を次期家元に据えたがってたんだから。
そう話す総二郎からは、悲しみや苦しみといった負の感情は全く感じられない。
逆に、何かふっ切れたかの様に清々しい表情をのぞかせている。
それは何故か!?
「西門流を担う必要がないからな。気楽でいい」
何百年と続く日本の伝統文化を継承するのは、中々に骨の折れる事である。
海千山千の一門衆や後援会、内弟子たちに侮られないよう西門流を導いていくのは、大変な苦労を伴う。
その重圧から解放されたのは、総二郎にとって大きい。
それともう一つ。
「親から愛されなかった分、牧野が俺を愛してくれてるから不満はない」
「なっ、ばっ、ちょっ、あああ愛って」
「牧野からの愛情だけで・・・いや、牧野と子供からの愛情だけで充分だ」
「ああ愛情!?西門さんって、サラッとあああ愛って言うような人だった!?」
「いや。牧野と付き合う前の俺なら、確実に言わなかったろうよ」
むしろ愛って何?美味しいの?
というレベルだったかもなと、総二郎は笑い飛ばした。
「それにお前の場合、正直に自分の気持ちを伝えないと逃げちまうからよ。だから、思ってる事はちゃんと言おうと思ってさ」
「恥ずかしくないの!?ああ愛なんて言っちゃって」
「牧野相手に言うなら恥ずかしくねぇな」
事も無げにそんな事を言う総二郎に、思わず顔を赤面させたつくしであったが、彼の顔がすうっと引き締まったのを目にすると、ここから話の本題に入るんだなと悟り、姿勢を正した。
「牧野が心臓を患っている話も、夢子さんから聞いた。そして、子供の行く末について悩んでいる事もな」
「!!」
「そこで・・・だ。どちらか一方を選んでくれ。二者択一だ」
ここで言葉を区切り、茶を一口飲んだ総二郎は、目を見開きこちらを凝視するつくしに、二つの案を提示した。
一つ目は、
「お前に万が一の事があった際、子供を美作家に託す。これは、子供を美作家の養子にするという意味じゃない。美作家が子供の後見人になるという意味だ」
金銭的な面でも精神的な面でも、つくしの子供を全力でサポートする。
不自由な思いなど決してさせない。
それが、夢子の強い思いであり願いだ。
そしてもう一つ。
「俺と結婚し、本来あるべき姿に戻る」
父がいて母がいて子供がいて。
裕福でなくとも、家族仲良く日々を過ごす。
これが、本当の幸せと言うんじゃないのか。
そう力強く告げる総二郎に、つくしは呆気にとられ何も言えずにいた。
それは当然だろう。
いくら西門流の後継者争いから外れたとは言え、総二郎が西門流の直系である事に変わりはないのだから。
そんな総二郎と、庶民どころか貧民な自分が縁(えにし)を結ぶなど、許されるはずがない。
あの家元と家元夫人が、何もない自分を嫁として受け入れるとは到底思えないのだ。
家元と家元夫人どころか、一門衆や弟子達、後援会からも反発を喰らうだろう。
誰からも歓迎されず、惨めな思いをする羽目になる。自分も息子も。
そんな思いをするくらいなら、今まで通り総二郎とは何の関わりもなく過ごしていきたい。
という声なき声をあげるつくしに、総二郎は口の端を上げ不敵な笑みを浮かべてから言葉を続けた。
「初めに言っておくが、お前に嫁に来いって事じゃねぇ」
「・・・はっ?」
「俺がお前のところに婿入りする。つまり、西門総二郎から牧野総二郎になるって意味だ。分かるか?」
「いや・・・ちょっと、なに言ってるのか分かんない」
「だから、西門の家を出て茶道とは関わりのない人生を歩むんだよ。牧野と結婚して、子供と三人仲良く幸せな家庭を築く為にも」
「・・・はああ!?」
突拍子もない事を口にする総二郎に、つくしの頭はついていけない。
何がどうなったら、こんな話になるのか。
サッパリ分からないし理解できない。
そんなつくしに対し、総二郎は『口撃』の手を休めない。
頭が働かず言葉が出ないつくしをいい事に、総二郎は話の先を続けた。
「赤の他人である夢子さんに、子供を託すのか?本当の父親がここにいるのに、心苦しくはねぇのか?」
「・・・」
「血は水よりも濃しって言うだろ。ここはやっぱり、俺達三人で温かな家庭を築く方がいいと思うんだよな」
「それは・・・」
「って言うかさ、既に『西門とは縁を切る。今後一切、西門とは関わらない。勿論、西門も名乗らない』って、誓詞をしたためて家を出て来ちまったんだよな」
「・・・はっ?」
「だから、俺には帰るべき場所はないっつうか、牧野と子供のところしか帰る場所がない。てな訳で、俺を婿としてもらってね?つくしちゃん」
「それじゃあ、二者択一じゃなくて一択じゃん」
つくしの脱力した声が、個室に響き渡った。
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