文化の文明化(19)
題名;文明を文化人類学からの視点で考える
現代文明が揺れている。特に、経済と政治の面で揺れている。現代社会の持続性を考えると、文明から一歩下がって文化のレベルから考えるのがよいように思う。そこで、祖父江孝男「文化人類学入門」中公新書(1979)から初めて見ることにした。
著者は、文化人類学の大御所とも思われる方で、この著書も、初版は1979年に出版されて、19版を重ねた。そして、1990年に改訂増補として再出版され、2022年に第37版が発行された。累計では56版目になる。これだけの版が重ねられれば、名著の部類に入るのだろう。
入門書なので、「文化人類学の世界」を概観した後で、「人間は文化をもつ」として、文化の内容を説明した後に、「文化の進化」、「文化の伝搬」、という一般論を終えて、文化を支える各種技術と各種文化の歴史の各論が続く。
「人間だけがもつ文化」の項目で、『人間と動物のあいだの本質的な差異を示すために、人類学者が考えだした概念が「文化」である。』(p.38)としている。
そして、続けてこの様に述べている。『もともと文化という語は、「武化」に相対することばであり、「武力ではなく、学問の力で感化すること」の意であった。』(p.38)
これには驚かされた。何故ならば我が意を得たり、だったからだ。私は、「文明」に対して、「武明」という言葉を勝手に使っている。現代の過去の多くの文明、特に現代の西欧文明は、文明というよりは武明の傾向が強いように感じているからだ。つまり、武力や権力によって発達し、伝搬された傾向が強いように思われるからだ。
しかし、武明という言葉は、どこにも見当たらない。では、「武化」はどうだろうか。検索をしても、なかなか見つからないのだが、唯一このような記事を見つけた。明星大学 人文学部 日本文化学科の「ことばと文化のミニ講座」の中にある「文化という語の複層性」の中の記述だ。
『これまでの研究によって明らかにされた「文化」という語の来歴を踏まえると、その意味がさまざまに解釈されるのも無理からぬ話だと思えます。
冒頭で取り上げた柳父章氏の著書によれば、「文化」は中国古典から日本語に採り入れられたもの。したがって、その意味は「文」と「化」の組み合わせであり、「文化」とは「文」によって人民を教え導いていくこととなります。日本最大の漢和辞典である諸橋轍次『大漢和辞典』では、「刑罰威力を用ひないで人民を教化すること。文治教化。」と説明しています。ここでの「文」とは「武」に対するもの、すなわち非武力ということが重要な要素になっています。現代では、この用法はほとんど見られなくなっているのかもしれませんが、校訓などで使われる「文武両道」の「文」を思い浮かべてもらえれば、その片鱗はまだ感じ取れるのではないかと思われます。
これに対して、近代の翻訳語である「文化」は、ドイツ語「クルトゥール(Kultur)(=英語のcultureに相当)」の訳語としての「文化」、こちらは人間の精神的活動やその所産を示し、現代ではおおむねこちらを意味すると受け取られるでしょう。しかし、KulturまたはCultureが日本に輸入された当初は、必ずしも現代語の意味での「文化」に翻訳されていたわけではないことはよく知られた事実です。』とある。
実は、「文明」についても、全く同じことがいえる。明治維新の「文明開化」が縮められて「文明」になったという説だ。しかし、「文明」という語の語源は、「易経」の次の言葉にあるというのが、日本の歴史家の通説になっている。
六十四卦の中から「文明」について記されているものを探すと、「同人」の項に、「文明以健、中正而応、君子正也」という言葉がある。
「同人」は同人雑誌の同人、志を同じくすること「天火同人の時、同じ志を持った者同志が、広野のように公明正大であれば通じる。大川を渡るような大事をして良い。君子は貞正であれば良い」が全体の意味で、そのときは「文明にしてもって健」ということのようだ。
二つの象の上下が逆になると。「大有」となる。その中に「其徳剛健而文明」の言葉がある。「その徳剛健にして文明」との状態。全体としては、「大有」火天大有(かてんたいゆう) 大有とは、大いに有つこと。 大きな恵を天から与えられ、成すこと多いに通ずる時。 天の上に太陽(火)がさんさんと輝いている状態。
また、上が坤で下が離だと、「内文明而外従順」となり、これは、「内文明にして、外従順、もって大難を蒙る」とある。周の文王が殷の紂王に捕らえられた様をあらわしている、とある。
しかし、下が離でも上が兌だと、「文明以説」で、「文明にしてもって説(よろこ)び」となる。
易経では文明はこのように扱われている。
著書のなかでは、文化の進化について色々な説が紹介されているが、もっとも古いものが、ルイス・モルガンの社会進化論に基づく分類になっている。彼は、ニューヨークの弁護士で、インデアンの権利の擁護を訴えて勝訴したのだが、その際にインデアンの文化を徹底的に調査している。彼の著書を境に、米国におけるインデアン差別が、徐々に廃されていった、とある。
『Ⅰ野蛮時代
1 下期野蛮時代 文化の始まったときから次の時代まで。
2 中期野蛮時代 魚を食べることと、火の使用が始まったときからあと。
3 上期野蛮時代 弓矢の発明からあと。
Ⅱ未開時代
1 下期未開時代 土器の発明からあと。
2 中期未開時代 東半球では家畜の飼育が始まったときからあと。
西半球では濃概耕作によってトウモロコシなどの栽培が始まったときからあと。
Ⅲ文明時代
文字の発明と使用が始まってから現代に至るまで。』(pp.45-46)
このように年代を連ねてゆくと、文化から文明に進化したことが明白になる。つまり、文化が発達しないところに、文明は起こらない。そして、技術の無いところに文化は起こらない。
逆にいえば、なんらかの技術が発展して文化が起こり、文化が様々な技術により文明に進化すると云うことができる。従って、技術を実社会に活かす術、すなわちエンジニアリングが、すべての根底にあることになる。
題名;文明を文化人類学からの視点で考える
現代文明が揺れている。特に、経済と政治の面で揺れている。現代社会の持続性を考えると、文明から一歩下がって文化のレベルから考えるのがよいように思う。そこで、祖父江孝男「文化人類学入門」中公新書(1979)から初めて見ることにした。
著者は、文化人類学の大御所とも思われる方で、この著書も、初版は1979年に出版されて、19版を重ねた。そして、1990年に改訂増補として再出版され、2022年に第37版が発行された。累計では56版目になる。これだけの版が重ねられれば、名著の部類に入るのだろう。
入門書なので、「文化人類学の世界」を概観した後で、「人間は文化をもつ」として、文化の内容を説明した後に、「文化の進化」、「文化の伝搬」、という一般論を終えて、文化を支える各種技術と各種文化の歴史の各論が続く。
「人間だけがもつ文化」の項目で、『人間と動物のあいだの本質的な差異を示すために、人類学者が考えだした概念が「文化」である。』(p.38)としている。
そして、続けてこの様に述べている。『もともと文化という語は、「武化」に相対することばであり、「武力ではなく、学問の力で感化すること」の意であった。』(p.38)
これには驚かされた。何故ならば我が意を得たり、だったからだ。私は、「文明」に対して、「武明」という言葉を勝手に使っている。現代の過去の多くの文明、特に現代の西欧文明は、文明というよりは武明の傾向が強いように感じているからだ。つまり、武力や権力によって発達し、伝搬された傾向が強いように思われるからだ。
しかし、武明という言葉は、どこにも見当たらない。では、「武化」はどうだろうか。検索をしても、なかなか見つからないのだが、唯一このような記事を見つけた。明星大学 人文学部 日本文化学科の「ことばと文化のミニ講座」の中にある「文化という語の複層性」の中の記述だ。
『これまでの研究によって明らかにされた「文化」という語の来歴を踏まえると、その意味がさまざまに解釈されるのも無理からぬ話だと思えます。
冒頭で取り上げた柳父章氏の著書によれば、「文化」は中国古典から日本語に採り入れられたもの。したがって、その意味は「文」と「化」の組み合わせであり、「文化」とは「文」によって人民を教え導いていくこととなります。日本最大の漢和辞典である諸橋轍次『大漢和辞典』では、「刑罰威力を用ひないで人民を教化すること。文治教化。」と説明しています。ここでの「文」とは「武」に対するもの、すなわち非武力ということが重要な要素になっています。現代では、この用法はほとんど見られなくなっているのかもしれませんが、校訓などで使われる「文武両道」の「文」を思い浮かべてもらえれば、その片鱗はまだ感じ取れるのではないかと思われます。
これに対して、近代の翻訳語である「文化」は、ドイツ語「クルトゥール(Kultur)(=英語のcultureに相当)」の訳語としての「文化」、こちらは人間の精神的活動やその所産を示し、現代ではおおむねこちらを意味すると受け取られるでしょう。しかし、KulturまたはCultureが日本に輸入された当初は、必ずしも現代語の意味での「文化」に翻訳されていたわけではないことはよく知られた事実です。』とある。
実は、「文明」についても、全く同じことがいえる。明治維新の「文明開化」が縮められて「文明」になったという説だ。しかし、「文明」という語の語源は、「易経」の次の言葉にあるというのが、日本の歴史家の通説になっている。
六十四卦の中から「文明」について記されているものを探すと、「同人」の項に、「文明以健、中正而応、君子正也」という言葉がある。
「同人」は同人雑誌の同人、志を同じくすること「天火同人の時、同じ志を持った者同志が、広野のように公明正大であれば通じる。大川を渡るような大事をして良い。君子は貞正であれば良い」が全体の意味で、そのときは「文明にしてもって健」ということのようだ。
二つの象の上下が逆になると。「大有」となる。その中に「其徳剛健而文明」の言葉がある。「その徳剛健にして文明」との状態。全体としては、「大有」火天大有(かてんたいゆう) 大有とは、大いに有つこと。 大きな恵を天から与えられ、成すこと多いに通ずる時。 天の上に太陽(火)がさんさんと輝いている状態。
また、上が坤で下が離だと、「内文明而外従順」となり、これは、「内文明にして、外従順、もって大難を蒙る」とある。周の文王が殷の紂王に捕らえられた様をあらわしている、とある。
しかし、下が離でも上が兌だと、「文明以説」で、「文明にしてもって説(よろこ)び」となる。
易経では文明はこのように扱われている。
著書のなかでは、文化の進化について色々な説が紹介されているが、もっとも古いものが、ルイス・モルガンの社会進化論に基づく分類になっている。彼は、ニューヨークの弁護士で、インデアンの権利の擁護を訴えて勝訴したのだが、その際にインデアンの文化を徹底的に調査している。彼の著書を境に、米国におけるインデアン差別が、徐々に廃されていった、とある。
『Ⅰ野蛮時代
1 下期野蛮時代 文化の始まったときから次の時代まで。
2 中期野蛮時代 魚を食べることと、火の使用が始まったときからあと。
3 上期野蛮時代 弓矢の発明からあと。
Ⅱ未開時代
1 下期未開時代 土器の発明からあと。
2 中期未開時代 東半球では家畜の飼育が始まったときからあと。
西半球では濃概耕作によってトウモロコシなどの栽培が始まったときからあと。
Ⅲ文明時代
文字の発明と使用が始まってから現代に至るまで。』(pp.45-46)
このように年代を連ねてゆくと、文化から文明に進化したことが明白になる。つまり、文化が発達しないところに、文明は起こらない。そして、技術の無いところに文化は起こらない。
逆にいえば、なんらかの技術が発展して文化が起こり、文化が様々な技術により文明に進化すると云うことができる。従って、技術を実社会に活かす術、すなわちエンジニアリングが、すべての根底にあることになる。
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