日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで

2024年09月22日 04時09分04秒 | Weblog

 "光陰矢の如し"と言われているが、平穏な地方の生活では、山並みの彩りが季節の変化を知らせてくれる。 
 人々は静かに流れ行く時の中で、先達から受けずいた生活習慣に従い歳を重ねてゆく。 

 山上理恵子は、実母の秋子を癌で亡くし、実母が生前親しく交際し信頼していた山上健太郎・節子夫妻の養女となり育てられていた。 
 そんな理恵子は、3年間親しく交際していた同級生の原奈津子や小林江梨子と一緒に、泣き笑いの中にも数知れぬ思い出を残し、先輩の織田君に対し心に芽生えた蒼い恋心を胸に秘めて、高校生活を無事に卒業した。 
 開業医院の長女である奈津子は、親も認めている先輩で医学生の彼氏のあとを追って東京の大学へ進学するが、理恵子は両親の勧めで東京の美容専門学校へ、江梨子は親戚の経営する会社に就職へと、夫々に未来に希望を抱いて進むことになった。
 彼女等は示し合わせた様に、3人とも憧れていた東京に揃って上京することを喜んでいた。

 理恵子は、当初、義母である節子の職業である看護師になることを強く希望していたが、3年生に進級したころから何度となく、節子から
  「貴女は一人娘だし、お父さんの希望する様に、貴女の亡き母である秋子さんの経営していた美容院を継ぐためにも美容師に進んでもらいたいわ」
  「お父さんも、その考えがあったればこそ、今までお店の経営を裏面でお世話してきたのだし、いま勤めている美容師さん達も、それを望んで頑張っているのよ」
  「看護師も、白衣姿で外見は美しく見えるが、見た目以上に体力や精神的に厳しい職業で、将来、お店を継がなければならない貴女には、看護師になることは賛成できないわ」
と、事ある毎に説得され、その都度、彼女も亡き母の遺影を見ては、自分の進路を考えてきたが、卒業を控え、やはり節子母さんの考えに従うべきであると思う様になった。
 それにつけても、都会生活の憧れは強く、一度都会の雰囲気にふれてみたいと、父母に対し自分の考えを卒直に話した末に、地元から通学できる美容学校への進学を強く勧める母親の意見にやんわりと逆らい、渋々ながらも賛同してくれた健太郎の承諾を漸く得て、節子と同郷で彼女の高校や看護師の後輩で交際のある、都内に住む知人の家に下宿して通学することを条件に、東京の学校に行かせて貰うことになった。
 節子母さんの忠告は自らの経験を通して若い娘が都会に出れば、予期しない様々な誘惑の罠があることを心配してのことであると、彼女は充分に理解していた。

 理恵子にしてみれば、高校生のとき淡い恋心を抱いた織田君が、東京の大学に進学してからは、地元で乾物商店を母親一人で営む母親に、なるべく学資で迷惑をかけたくないと、休日はアルバイトに精を出しているため、正月とお盆にしか帰らないので、必然的に逢う機会が少なく、そのためか二人の間の感情も薄れて行く様な不安が常に脳裏をよぎり、そのことが心配で上京することに強く拘った。
 健太郎や節子は、理恵子の成長に伴い心の悩みを、普段の生活を通じて充分察しており、話し合いの都度、あくまでも自分の操は自分の将来の幸せのために自分で守ることを言い聞かせておいた。
 理恵子は、その様な話になると、きまって、母親から、時々、若き日のことを愚痴ともつかぬ話を何度も聞かされており、悲恋の苦しみを身にしみて判り、自分は母親の様に廻り道は絶対にしたくないと心に決めていた。

 理恵子は普段の会話を通じてそれとなく知った、父の健太郎が新任教師として地元の高校に赴任してとき、母親の節子の家に下宿していたことから、高校生であった節子は日常の生活を通じて、いつしか担任の健太郎に思慕の念を抱き淡い恋を覚えたが、やがて彼の転勤に伴い別離をを余儀なくされ、誰にも話せない苦い失恋の悲哀を味わい、思いを振り切るために意を決して地元を離れて上京した話を想いだし、そんなとき母親の顔を見ながら、真剣な目つきで瞳を輝かせて、自信満々に
  「お父さん達、わたしを心配してくださることは、本当に有り難く、また、凄く嬉しいことですが、わたし、例え織田君相手でも、そんなに軽率な行動は絶対にとりませんので、わたしを信じて欲しいわ」
と、自分が考えている人生の価値観を説明して、親子の間で堅く約束した。
 事実、時々風呂場の鏡で見る自分の体が外形的には大人の身体に映っていても、精神的には自分でもそんな肉体交渉をする勇気はないと考えていた。 勿論、時折目にする週刊誌などで、性に対する知識を知り、欲望と興味を引くことはあっても、自分にとっては未だ別世界の様に思え、父母に自信をもつて約束ができた。
 美容学校の入学許可通知を受け取ると、理恵子は早速電話で織田君に「近いうちに、わたしも上京することになったわ」と連絡すると、彼は「おぉ! そうか それは良かったなぁ~」と、一ヶ月振りに交わす電話に素直に喜んでくれた。
 

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