大助は川辺に立って、遠くに霞む残雪に映える飯豊山脈の峰々を、種々な想い出を浮かべながら眺望し、そのあと小石を何度か河に投げては眼前をゆったりと流れる河を凝視し感慨深げに
「この河で、無邪気に水泳をしていたとき、美代ちゃんと初めて知りあったが、あれから4年過ぎたのか・・。時の流れは振り返ると早く感じるもんだなぁ~」
「あの時。君が河底の石に躓き足を滑らせて、僕に咄嗟に抱きついたが、その時の、君の体の柔らかい感触を今でも覚えているよ」
「それに・・。毎年、夏休みに理恵子さん達と水泳しり織田君達と河蟹やカジカを取ったりして遊んだのが、今となっては、懐かしい想い出だなぁ~」
と言いつつ美代子の隣に腰を降ろすと、彼女の指を一本ずつ手にとって見ていて
「透明なマニュキアは健康的で綺麗でいいなぁ~」「女子大生は、皆がしているのかい?」
「爪が細長い人は、性格が理想追求型と聞いたことがあるよ。美代ちゃんは、そうかも知れないなぁ~」
と呟くと、彼女は急いで手を引っ込めて立て膝の裏に隠し、大助の質問に答えることもなく
「そうねぇ~、わたしも覚えているわ。あの時は本当に無邪気で咄嗟に飛びついたが、男の子の肌に直接触るなんて初めての経験で、あとで凄く恥ずかしい思いをしたわ。それが恋に発展するなんて、あのころは、思いもよらなかったわ」
「あの頃の大ちゃんは、少し細身だったが筋肉質で凄くがっしりしていて、男の人は見かけによらずやっぱり違うんだわぁ。と、その時のことが強く印象に残っているわ」
「それが、今では、明けても暮れても何事につけ、君のことが気になるなんて、男女の縁は不思議なものね」
と、自分の心に強く印象ずけられた感想を感慨深く話していたが、やがて杉の木立近くの草原に腰を下ろすと
「けれども、なんといっても私にとって素晴らしい想い出は、ミッションスクールの堅苦しい高校生活から開放されて、大ちゃんのお友達と一緒に、苦しい思いをして富士山に登山したこと。それに、二人だけでの富士の湖畔での散策や、箱根の乙女峠や十国峠を巡り歩いたこと。。」
「あぁ~と、それから、江ノ島海岸の渚に残した二人の足跡を時々振りかえって見ながら、春の温もりを素足に感じて、お互いに思わず手を大きく振って笑いあって歩んだこと等、想い出せば切りがないほど楽しい旅行をしたことが、わたし達の恋を確かなものに育んだと思うわ」
と話しながら、周りの雑草の中からクローバーを摘んでは
「ホラッ 四葉のクローバーがあったわ」
と言って摘むと、彼のシャツのポケットにさし、当時のことを細々と思い浮かべては、懐かしそうに話していた。
大助は、彼女の話に無言でうなずきながら聞いていて、再び、彼女の手の掌を指先でなぞりながら
「そうだねぇ~。愉快なこともあったが悩んだことも沢山あったよなぁ。上手く言えないが恋愛と言うものは、ハッピーエンドで終わる恋愛小説と違って、見えない運命に翻弄されて悩みのほうが多いようだな」
「けれども、全ての経験が、僕達にとっては、かけがいのない貴重な経験であり、きっと、何時かは僕達にとって美しき青春の暦になると思うよ」
と答えたら、彼の言葉に素直にうなずく彼女が、いつもより一層可愛いく思えて、抱き寄せてキスをし白いうなじをそっと指で撫でたら、首をチョコットすくめたが、後れ毛が葦原からそよぐ川風に優しく揺れていた。
大助は、立ち上がると大きく背伸びしたあと、美代子に言い聞かせるでもなく、一人ごとのように
「この河のほとりに立っていると、この河は、僕達に沢山の想い出と幸せを与えてくれたよなぁ~。もう、二度と訪れることがないと思うと、少し寂しい気持ちになるなぁ~」
と、周囲を眺めまわして感慨深そうに呟くと、美代子も立ち上がって彼の後ろに立って、彼の感想にあわせる様に、小声で
「わたしも、そう思うわ。そして、この三本の大きな杉の木の精霊が、わたし達を見守り幸せに導いてくれたと思うの。この杉の木には感謝の気持ちで胸が一杯になるわ」
と言って、杉の大木に向かって、恭しく拍手を打って深く一礼していた。
終わると、彼に向かって
「そうね。わたし、この河の岸辺に立っていると、明日からどのくらい永い期間か判らないけれど、家の事情で離れ離れになるなんて、本当だとはとても思えないわぁ」
と言って、寂しそうな表情をして大助の顔を見つめた。
二人は、帰りの道すがら、大助の希望で山上健太郎先生と節子さんのお宅と、理恵子さんの勤める美容院に立ち寄り、玄関先で挨拶だけして診療所に帰った。
家に入ると、賄いの小母さんが
「お爺さんは、少しお酒に酔ったらしく、上機嫌で、先に休むと言って、寝室に行かれたわ」
と教えてくれたので、、美代子は
「小母さんもお疲れでしょう。あとは、私が始末するのでお帰りになって休んで下さい」
と、労いの言葉をかけると、小母さんは
「そうさせて頂きましょうか。お風呂も温めてありますから」
と言っていた。
美代子は、家に入るなり
「大ちゃん、もう一度、お風呂に入って河風で冷えた体を暖めたら」
と言って、彼をお風呂場に案内してタオルを用意して渡すと、彼は
「今度は、ゆっくりと入らせてもらうから、さっきみたいに、飛び込んで来ないでくれよ」
と返事をして衣類を脱ぎかけると、美代子は
「最後の晩と言うのに、随分、イジワルネ」
と言ったあと、彼の言うことを聞かない振りをするように
「わたし、二階のお部屋にお布団を敷いてくるわ」「そのあと、若しかしたら入るかもょ。わたしのすきにさせてぇ」
と言って、フフッと含み笑いを残して脱衣室を出ていった。
大助は、今度は美代子も来ないだろうと足を伸ばして、窓越しに見える竹林を眺めながらのんびりして、今日の出来事などを思い巡らしていたら、意に反して、彼女が入ってきて
「大ちゃん、お願いだから、オコラナイデョ。 わたし、明日お別れと思うと少しの時間でも一緒にいたいの」
「わたし、気持ちを整理しようと一生懸命に努めているが、時々、わたしって生まれ落ちたときから、何故こうも家庭の事情に振りまわされるのかと思うと、やりきれない寂しさと悲しみで、頭の中が真っ白になってしまうくらいだわぁ」
と言いながら、身体にタオルを巻いて浴槽に入ると、恥じらいながらもソロリと、彼に身体をすり寄せてきたので、大助は
「う~ん。その気持ちは痛いほど判るが、それにしても聞き分けのない大学生だなぁ~」
「今度こそ、僕も我慢の限界を超えて、好きな様にするかも・・、それでも、本当にいいのかい」
と彼女の顔を見ないで言うと、彼女は積極的に脛を大助の伸ばした足に絡め、腕を彼の首筋に回してピッタリと彼に寄り添い、耳元で囁くように
「イイヮ ダイチャンノ スキナヨウニ シテ」
と囁いた後、目を閉じたので、彼はチョコット接吻したあと、美代子の胸に巻いてあるタオルをゆっくりと剥ぎ取って、彼女の乳房を気の趣くままに愛撫して、例えようのない柔らかい感触に男の本能を満たしていた。
美代子も、初めて湯船の中で経験する、大助の指先に少し力のこもったギコチない不慣れな愛撫に、やがて女の官能を刺激されたのか、小刻みに呼吸を弾ませて、彼のなすままに身をゆだねていた。