■第306飛行隊機動飛行
小松基地航空祭は鮮やかな特別塗装のF-15戦闘機による機動飛行が開始されました。
イエロー犬鷲の第306飛行隊特別塗装機による機動飛行が始まった。小松基地は1965年よりF-104が配備され朝鮮戦争時代のF-86Fから脱却が始まりますが、実際には1975年の第4飛行隊廃止改変までF-86Fは残る、ただ1976年に小松にもF-4EJ時代が到来します。
イエロー犬鷲イーグルが真正面から750km/hでハイスピードパスする。第303飛行隊としてF-4EJ戦闘機の飛行隊が創設されまして、これが現在の303誕生なのですね。ここで第6航空団、小松は第205飛行隊のF-104戦闘機と二機種態勢として歩みを進めてゆく。
イエロー犬鷲イーグルは急上昇しエンジンがアフターバーナーもよう。この第306飛行隊は1981年にF-4EJ飛行隊として、これが古くなったF-104戦闘機の第205飛行隊を廃止改編して創設されています。ただ、ここでもまだF-15は入らずF-4戦闘機EJの時代です。
第306飛行隊イーグルの機動飛行も続く。さてこの戦闘機イーグル、航空自衛隊としては1981年から導入が開始され、新田原基地の第202飛行隊をマザースコードロンとして全国の飛行隊が次々と創設されていました。そして1987年に、小松にもイーグルの流れが。
第306飛行隊イーグルが急上昇へ。このイーグルは小松基地へは1987年に第303飛行隊が先ずF-4EJからF-15Jへ機種転換を受けまして、しかしF-104を装備する飛行隊からの改編が優先され、そして北方の千歳基地や首都防空の百里基地、小松配備はあとでした。
イエロー犬鷲イーグルが機動飛行で戻る。この第306飛行隊がF-4EJからいまのF-15Jへ機種転換したのは1997年と、まあ、F-15戦闘機の配備部隊としては最後に改編にされていまして、日本海側といいつつ京阪神地区への経空脅威は低く見積もられていた、と。
F-15Jイエロー犬鷲イーグルの上面がみえた。一方で航空自衛隊よりも前に在日米軍から民間空港として運用していた小松空港は、1993年に第三の国内線、全日空と日本航空に続いて日本エアシステムが東京路線を整備しまして、空港機能が徐々にですが強化されてゆく。
第306飛行隊F-15Jイーグルの下面を機動飛行にて。この機動飛行を支える飛行場機能は民間空港の需要も反映されていまして、1994年より小松空港を国際航空貨物の拠点化が進みます。これは1980年代から日本海側に航空か持つ拠点を強化する構想があったゆえ。
第306飛行隊イーグルが天頂へ急上昇を。この上昇のように小松空港が拡張されたのは、1970年代に注目された東海地震の脅威といわれまして、要するにこの地震の津波被害が及ばないが、京阪神地区と中京地区に近い地域に航空貨物拠点を、という要求が在った。
イエロー犬鷲イーグルの下面を仰ぐ。実のところこの構想は、かなり先進的といえまして、それは東海地震の被害想定を遙かに越える南海トラフ連動地震という、最大32万人が犠牲となる巨大災害が、あの2011年の東日本大震災以降、現実として認識されたためです。
イエロー犬鷲イーグルがタッチアンドゴーを。小松であれば北陸本線と、そして貨物は関係ありませんが北陸新幹線は大阪開業となれば東京と大阪を結ぶ巨大な予備交通網を形成しますので、万一ということがあっても、最後のインフラは維持できる、危機管理ですね。
イエロー犬鷲イーグルを真横から。小松基地のいや空港の方の拡張は、そして同時に小松空港に2700m滑走路が二つ平行して整備されるということとなりまして、一つはアスファルト製で予備というべきものですが、2700m滑走路が二つ整備されているの意味は大きい。
イエロー犬鷲イーグルの急上昇が響く。2700m滑走路が二本あれば、もちろん物流、これは防衛輸送を考えても意義はあるのですがもう一つ、航空攻撃やミサイル攻撃で滑走路を喪失する脆弱性が一本の時よりもだいぶんと低下します、強靭性、この意味があるという。
イエロー犬鷲イーグルの急上昇更に角度をあげて。小松基地の重要性ですが、しかし皮肉にもF-15が導入された当時と比較して、脅威のシフトが多様化していまして、日本海の対岸、北朝鮮の脅威というものが冷戦後に巨大化します、まさにソ連崩壊でタガ外れた如く。
イエロー犬鷲イーグルが再度角度変えて急上昇に。この小松基地の日本海を挟んでの対岸、もっとも日本海は103万平方kmあり、黒海の面積が44万平方kmであの地中海が250万平方kmですのでかなり広大なのですけれども、それでもこの対岸が北朝鮮、という。
小松空港ターミナルビル背景に着陸のイエロー犬鷲イーグルを。小松に半分ファントムが残っていた1993年に北朝鮮は史上初の弾道ミサイル実験を行い、ノドンが日本海に着弾しました。ここから小松基地は結果、日本に脅威を及ぼす北朝鮮への最前線となっています。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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小松基地航空祭は鮮やかな特別塗装のF-15戦闘機による機動飛行が開始されました。
イエロー犬鷲の第306飛行隊特別塗装機による機動飛行が始まった。小松基地は1965年よりF-104が配備され朝鮮戦争時代のF-86Fから脱却が始まりますが、実際には1975年の第4飛行隊廃止改変までF-86Fは残る、ただ1976年に小松にもF-4EJ時代が到来します。
イエロー犬鷲イーグルが真正面から750km/hでハイスピードパスする。第303飛行隊としてF-4EJ戦闘機の飛行隊が創設されまして、これが現在の303誕生なのですね。ここで第6航空団、小松は第205飛行隊のF-104戦闘機と二機種態勢として歩みを進めてゆく。
イエロー犬鷲イーグルは急上昇しエンジンがアフターバーナーもよう。この第306飛行隊は1981年にF-4EJ飛行隊として、これが古くなったF-104戦闘機の第205飛行隊を廃止改編して創設されています。ただ、ここでもまだF-15は入らずF-4戦闘機EJの時代です。
第306飛行隊イーグルの機動飛行も続く。さてこの戦闘機イーグル、航空自衛隊としては1981年から導入が開始され、新田原基地の第202飛行隊をマザースコードロンとして全国の飛行隊が次々と創設されていました。そして1987年に、小松にもイーグルの流れが。
第306飛行隊イーグルが急上昇へ。このイーグルは小松基地へは1987年に第303飛行隊が先ずF-4EJからF-15Jへ機種転換を受けまして、しかしF-104を装備する飛行隊からの改編が優先され、そして北方の千歳基地や首都防空の百里基地、小松配備はあとでした。
イエロー犬鷲イーグルが機動飛行で戻る。この第306飛行隊がF-4EJからいまのF-15Jへ機種転換したのは1997年と、まあ、F-15戦闘機の配備部隊としては最後に改編にされていまして、日本海側といいつつ京阪神地区への経空脅威は低く見積もられていた、と。
F-15Jイエロー犬鷲イーグルの上面がみえた。一方で航空自衛隊よりも前に在日米軍から民間空港として運用していた小松空港は、1993年に第三の国内線、全日空と日本航空に続いて日本エアシステムが東京路線を整備しまして、空港機能が徐々にですが強化されてゆく。
第306飛行隊F-15Jイーグルの下面を機動飛行にて。この機動飛行を支える飛行場機能は民間空港の需要も反映されていまして、1994年より小松空港を国際航空貨物の拠点化が進みます。これは1980年代から日本海側に航空か持つ拠点を強化する構想があったゆえ。
第306飛行隊イーグルが天頂へ急上昇を。この上昇のように小松空港が拡張されたのは、1970年代に注目された東海地震の脅威といわれまして、要するにこの地震の津波被害が及ばないが、京阪神地区と中京地区に近い地域に航空貨物拠点を、という要求が在った。
イエロー犬鷲イーグルの下面を仰ぐ。実のところこの構想は、かなり先進的といえまして、それは東海地震の被害想定を遙かに越える南海トラフ連動地震という、最大32万人が犠牲となる巨大災害が、あの2011年の東日本大震災以降、現実として認識されたためです。
イエロー犬鷲イーグルがタッチアンドゴーを。小松であれば北陸本線と、そして貨物は関係ありませんが北陸新幹線は大阪開業となれば東京と大阪を結ぶ巨大な予備交通網を形成しますので、万一ということがあっても、最後のインフラは維持できる、危機管理ですね。
イエロー犬鷲イーグルを真横から。小松基地のいや空港の方の拡張は、そして同時に小松空港に2700m滑走路が二つ平行して整備されるということとなりまして、一つはアスファルト製で予備というべきものですが、2700m滑走路が二つ整備されているの意味は大きい。
イエロー犬鷲イーグルの急上昇が響く。2700m滑走路が二本あれば、もちろん物流、これは防衛輸送を考えても意義はあるのですがもう一つ、航空攻撃やミサイル攻撃で滑走路を喪失する脆弱性が一本の時よりもだいぶんと低下します、強靭性、この意味があるという。
イエロー犬鷲イーグルの急上昇更に角度をあげて。小松基地の重要性ですが、しかし皮肉にもF-15が導入された当時と比較して、脅威のシフトが多様化していまして、日本海の対岸、北朝鮮の脅威というものが冷戦後に巨大化します、まさにソ連崩壊でタガ外れた如く。
イエロー犬鷲イーグルが再度角度変えて急上昇に。この小松基地の日本海を挟んでの対岸、もっとも日本海は103万平方kmあり、黒海の面積が44万平方kmであの地中海が250万平方kmですのでかなり広大なのですけれども、それでもこの対岸が北朝鮮、という。
小松空港ターミナルビル背景に着陸のイエロー犬鷲イーグルを。小松に半分ファントムが残っていた1993年に北朝鮮は史上初の弾道ミサイル実験を行い、ノドンが日本海に着弾しました。ここから小松基地は結果、日本に脅威を及ぼす北朝鮮への最前線となっています。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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