(これは2010-09-14から2010-09-28までのブログの修正版です。文字化けなどまだおかしな箇所がありましたらお教えください)
しばらく育児を言い訳にしつつブログを休んでいましたが、そろそろ再開させていただきます。さて、何について書こうかなと考えましたが、広く知られている事柄については面白くないので、江戸時代の外科的医療についてはいかがでしょうか。ただここでは華岡青洲(1760-1835)の業績のようなエポックメイキング的なものではなく、日々日常のドロドロとしたものを取り扱っていこうかと思います。主な出典は天明七年頃(1787年頃)に記された『外科手引艸』です。
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江戸時代の外科手術(1)-頭脳を納る法-
「解剖存真図」
頭を強打し頭蓋骨が割れて、中身が出てしまった時の手術です。紹介はしますが、真似はしないでくださいね。身近な人の頭が割れてしまったら、応急救護をして救急車を呼びましょう。
ハチワレタラハ、ワレメニ人油ヲ付テツヨクヲシ合セ、両方ニ物ヲカヒテツヨクシメテユイテ、件ノ天利ヲ玉ゴニヒタシ付テ上に青膏付テヲク。
この人油というのはどうも人間から採った油脂のようですね。牛から採れば牛脂、豚から採れば豚脂、ゴマから採ればゴマ油、ヤシから採ればヤシ油と呼ばれます。同じ水に溶けない油脂でも動物性のものと植物性のものではその融点が異なります。動物性の油脂は融点が高いので常温では固体であるのに対して、植物性のそれは低いので常温では液体です。固体だとハマグリなどの貝殻に入れるなどして携帯や取り扱いが楽になります。この人油、どうやって採ったのでしょうか。想像したくないので記しません。しかし人体というものは宗教的道徳的そして法的に禁じられるまでは、世界のあらゆる場所で、食料としてまた薬として扱われていました。日本でも明治時代になっても薬店で人体から作られた薬が売られていました。人の尿も乳も薬です。「爪の垢を煎じて…」の爪も薬です。プラセンタと呼ばれる胎盤もそうです。輸血や臓器移植も人体を利用した医療ですね。その目的が生命を助けること、そこに仁愛があるのであれば、それらの印象も変ります。
天利というのは天利膏のことで、これは白蝋と野師(ヤシ)油を混合して作った軟膏です。続物縫物によく使われます。配合は季節によって異なります。白蝋と野師油の比率は、夏は6:4、冬は5:5となっています。夏は暑いので融けにくくなるように工夫されていますね。
青膏は「たこの吸出し」という名で今でもありますね。殺菌力のある塩基性炭酸銅、緑青が使われています。
毎日薬を替ベシ。脳出デタルモ、ウス皮ヤブレズハ生ベシ。ソレトモドロケタルモノ出ルニハ赤子ノフンヲウスキ皮ニモ脳ニモ付テ入レハ則チ入ナリ。ムラナク出タル分ニ付ベシ。入タルアトハ右ノゴトク療治スベシ。
ウス皮とは脳を保護する硬膜やクモ膜、軟膜などのことです。頭が割れて脳が出ても、これらの膜が破れなかったら、クモ膜などの出血もなければ、大丈夫です。(大丈夫でもないですが)
ドロケタルモノ、これはなんでしょう。脳脊髄液のことでしょうか。出ても大丈夫なの?っていう声も聞えてきそうですが、もし脳圧が亢進している状態だったら、少し出たほうが逆に良いかもしれませんね。(良くもないですね)
赤子のフンは衛生的にどうなんでしょうか。ちょっと心配ですね。でも当時の他のものと比べるとはるかに良いものです。乳児は完全栄養食であり、殺菌力もあるラクトフェリンが含まれる母乳だけ口にして、腸内の細菌叢もまだありません。乳児のフンは人体に親和性が高く、また免疫グロブリンを多く含んでいるのです。問題はそれの保存であり、細菌が繁殖する前の新鮮なフンを使うのがベストですね。
内ヘ水油気入レハ死スルナリ。惣体赤子ノフンハ手足ヲツグニ骨ニ両方ニヌレ。ヨク骨ズイニ入テ合コト妙ナリ。
もし脳のウス皮の中に水分や油分が入れば死んでしまいます。あるいは手術をしたのに死んでしまった場合に水分や油分が入ったためである、と説明したのかもしれません。赤子ノフンは手足の骨折にも使えるようですね。妙ナリというのは実際に成功する確率が高い、ということです。
頭の外科手術は現代医学だけのものではありません。すでに古代ギリシャのヒポクラテスもインドのジーヴァカも頭の外科手術をしているのですから。現代のそれは、より衛生的に、精密に、深く治療できるように進歩したのです。ただ、今の時代も、昔の人が全国からあるいは海外から腕の良い先生を探す必要があったように、そういう努力や運が必要みたいですね。
つづく
(ムガク)
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