エッセー「No.58 幻肢痛と鍼灸(その1)」では片腕を失った患者さんの残されたほうの腕に鍼をすることで幻肢痛を治療しました。それ以外にも幻肢痛の鍼灸治療で興味深いものがあります。それは失われた腕に鍼する治療です。
この症例は奥平明観(1947年-)著の『邪気論』に記されていますが、この本の中では「邪気」というものを以下のように定義しています。
1.外邪―風・寒・暑・湿・熱・火の六淫と疫癘のような外部からくる発病要因
2.形ある実体―寒邪・熱邪・湿邪等の体内に入った発病要因、および病理的損傷を総称する(現代医学的には細菌・ウイルスその他炎症部位等を幅広くいう)
3.形無き実体―正気と同様の実体ある存在で、体にとってマイナス要因となるもの(逆に正気は体にとって本質的要因)
この先生は「形無き実体」としての「邪気」を手掌で感覚することができるようです。患者さんの失われた腕を手掌で観ると、患者さんが感じる幻肢と同じような形にその腕を観ることができました。それから失われた腕の合谷という経穴に鍼をすると、体温や自律神経の働きなどに明らかな変化があったというものです。また「邪気」の反応があるところに鍼をして「邪気」を取ると瞬間的に痛みが消えたようです。
この症例は「邪気」が実在するという一つの根拠として提示されています。この経験をした人たちにとって、かくかくしかじかの事実が存在した、それ故「邪気」は存在するという見方は正しいものだと思います。
しかし別の見方を否定することはできません。例えば患者さんと先生の脳にあるミラーニューロンがお互いに働いて痛みの存在に影響を与えた、という説明でも良いかもしれません。
また(両腕を持つ)人にマネキンの腕を自分の腕だと錯覚させてから、マネキンの腕に強い刺激を与えることで、その人に痛みを与えることができることがあります。これなどは脳が痛みを作り出したといっても良いですし、錯覚したと同時に「邪気」がマネキンの腕に流れたので身体に影響を与えたといっても良いかもしれません。
ヒプノセラピー(催眠療法)も痛みに効果があります。慢性の腰痛などだけではなく、麻酔薬を使わずにヒプノセラピーによる鎮痛だけで外科手術をしたという症例もあります。鍼麻酔で外科手術をすることもありますが、これなどは鍼も手も使わずに聴覚や視覚による刺激によって痛みの存在に影響を与えています。
痛みとは不思議なものですね。
(ムガク)