こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ノベル・タイムポケット・3

2016年01月05日 01時56分39秒 | 文芸
「おかあちゃん。

きょうおかしな男の人にあったよ」

芳樹はいつもより饒舌になった。

母に気づかれたくないからだ。

さっき捨てた弁当の中身に。

家の裏手に狭い畑がある。

ネギが植えてあって、

食事のたびに、

母がちぎってみそ汁の具にした。

その畑の畝の一角にごみ穴がしつらえてある。

残飯や残り物を放り込んで土をかけて肥料に変える。

その穴に弁当の中身をぶちまけて、

ひと目ではわからない程度に、

ほかの残飯と混ぜておいた。

まず母は気づかない。

それでも気の小さい芳樹には、

不安がぬぐいきれないのだ。

「へえ、どんな人だい?」

母は暢気に訊いた。

芳樹がやってのけたことを知ったら、

きっと卒倒するだろう。

だから、

母の気をそらすために、

興味を引くだろう話題を、

途切れなく提供するしかない。

「うん。

それでねえ。

その男の人、

ぼくんちと同じ名前なんだ」

「同じ名前?」

しめた。

母は興味を持った。

「そうだよ。獅子堂って名札を胸につけてたんだ」

「獅子堂?

それはおかしいな。

この村でも獅子堂は二軒しかないのに」

「妙だろ。でも本当に獅子堂だったよ」

「!」

母は目を丸くした。

芳樹は、

獅子堂と称する男の顔を、

懸命に思い出そうとした。



病室に人気はなかった。

ベッドに生命維持装置を付けた男が、

眠っているだけだった。

付き添いの家族は、

主治医に呼ばれて、

急いで病室を離れていた。

微動だにしない男の表情が、

一瞬変化した。

男を知っている誰かがいれば、

男が頬笑んでいると、

すぐに理解するだろう。

とはいえ、

男は脳死寸前の状態だった。

それが、

笑っている。

世の中には、

人知で推し量れないことも、

時々起こる。

それが、

この男にも、

起きているのか?

ただ、

冥府の道を一目散に駆けている男に、

どんな幸せが訪れているのだろう。

                         (次回に続く)



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