こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ノベル・閉鎖工場・その2

2015年12月11日 00時01分00秒 | 文芸
警笛が遠路がちに鳴った。幅が操る軽四が俊彦の車の脇に並んで止まった。
「やあ」
「遅かったやないか。待たせんなよ」
 機嫌の悪さを見せたが、幅は一向に気にしない。それが彼なのだ。神主の家に生まれ育った幅は、「わし、神の血統やさかいな」とごく普通に言ってのけ、聞くものをあ然とさせた。ただし、しょっちゅう聞かされると誰しも腹を立てる。嘲りと無視をもたらす。
「寂しいこっちゃ。信じられんけど」
 幅は辺りを見回し、ため息を吐いた。
 陣幕製造工場の正門に回った。白っぽい車が入り口を閉ざすように止められている。
門柱にはめられていた陣幕の銘板は見当たらない。外されてぽっかりあいた痕跡が、工場の運命を如実に語っている。
「どないする?」
「ともかく行ってみようや」
 俊彦に引き返す気持ちはなかった。十年以上世話になった職場がどうなったのか、自分の目で確かめなければ納得できない。
 クルマと門扉の間にある狭い隙間をすり抜けると工場に入った。
 記憶に刻まれた光景は。ちゃんとそこにあった。しかし、静寂に包まれている。
 いつも正門をくぐると、くぐもった色んな音が迎えてくれた。ボイラー音や製造ラインに設置された機械類のモーター音だった。
 それがピタッと、完全に止まっている。
「ちょっと胸が詰まりよるわ」
「そや。夜なか中、ゴォーンゴォーン鳴っとったなあ。えろう静かになってしもてるがな」
 人の気配を感じた。事務所の方だった。見やると、事務所からちょうど顔が覗いた。見知った顔だ。工場長、いや元工場長というべきだろう。でも俊彦にはやはり工場長だった。
「工場長。来てはったんですか?」
 幅が能天気に声をかけた。
「なんや、君らか」
 元工場長は俊彦らを思い出したようだ。その風貌は疲弊しきっている。白いものが目立つ頭と頬がそげた顔。何とも痛ましい。
 正門を入った直ぐの所にあるベンチに並んで座った。
「大変やったですね、工場の方……」
 口をへの字に閉じた気難しい顔の工場長と、居心地の悪さを隠せない幅に挟まれて息が詰まるので、俊彦は口火を切った。
「うん。まあ兆候は大分前からあったんや」
「ボクが辞める頃には相当製造数が減ってましたよね」
「何を作っても売れる時代じゃなくなったからなあ。コンビニが弁当や惣菜に本腰を入れ始めたら、うちのようなガタイだけがでかい旧態依然の工場はやっていけへん。そないなことは誰でも分かりよる。そやけど、進むのも退くのも簡単にでけんズータイは致命傷や」
 工場長の口調に自嘲めいたものがあった。
中学を出てすぐ就職したのが、陣幕の前身でもある給食屋だと聞いている。工場長は陣幕の成り立ちから終幕まで付き合ったのだ。苦楽を共にした社長は三年前に他界し、後を継いだ社長の息子に、傾斜に弾みがついた陣幕の経営を立て直す能力はなかった。といって逃げ出すわけにもいかず、後見人的に工場長は最後まで付き合った。
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ノベル・閉鎖工場・その1

2015年12月10日 00時05分18秒 | 文芸
「おい、聞いたかァ?」
 幅幸一は、もともと丸い目を、さらに大きくまん丸に見開いた。
「何をや?」
 井関俊彦は気の入らぬ声で返した。幅の相手をしている暇はない。いくらご隠居の身でもやることはいくらでもある。
「陣幕、製造やめるらしいで。あんた、知ってたけ?」
「ほんまか?」
 俊彦は自分の耳を疑った。
「工場閉鎖やて。新聞に大きく出とったわ」
 幅はいつも大げさで閉口させられるが、新聞記事になっているなら、少なくとも嘘ではない。俊彦は席を立つと、入り口のレジ横にある新聞ラックへ向かった。
 全国紙ではなく地元の地方紙を取り上げると目当てのページを開いた。地域版である。
『弁当仕出しの陣幕、十二月に製造工場閉鎖。従業員の三分の二は希望退職を募る……』
 幅の言う通りだった。
陣幕は行き詰まったのだ。販売部門一本に集約して生き残りをらしい。しかし、もう何をしてもおっつかぬ状況に追い込まれていると、少し前から噂をが立っている。販売部門も結局終末を迎えるのもそう遠くない。
俊彦は五年前に陣幕を退職している。定年退職だった。嘱託を持ちかけられたが断った。十年以上も深夜勤務を勤めて来て、いい加減飽きていた。だからやめて正解だった。
幅は当時の仕事仲間である。ただ彼はパートで、他に本職があった。片田舎にひっそりとある、古ぼけた神社の神主なのだ。その収入だけでやっていけない時代だった。
幅は俊彦より数か月早く辞めている。仕事で大きなミスを犯したのだ。惣菜の主力製品である鯖の煮つけを、生煮え状態で出荷してしまった。数百切れを無駄にしただけでなく陣幕を贔屓にする顧客の信用を失った。責任を取らされて当然だった。
幅は結構気のいい男だ。俊彦が唯一気が許せる相手でもあった。もしかしたら幅がいなくなった影響があって、ことさら嘱託を固辞したのかも知れない。
駐車場に車を乗り入れた。一台も止まっていなくて、単なる空き地と化している。陣幕の終焉をまざまざと実感させられる。
俊彦は携帯で時間を確かめた。もう約束の時間を五分ばかり過ぎている。昔の職場を覗いてみようと誘ったのは向こうだったのに……遅刻されては苛立つ。
(幅のやつ……!)
俊彦は苦笑した。幅が時間にだらしないのは承知しているのだ。仕事にしょっちゅう遅刻して穴をあけていたのを思い出す。辞めさせられたのは、あのミスのせいだけではなかったのだろう。
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老人のため息

2015年12月09日 00時06分10秒 | 文芸
 ついに車が私の手から離れた。末娘が車の免許を取ったので必然的に私の愛車は彼女のものとなった。六十七歳。まだ早い気はするが、もう一台車を買う気になれない。年齢からしてもそう長く乗れないのは確実だし、目の衰えや反応の鈍りも実感する。
 最近老人会の役員になった。連絡まわりに自転車をこいでいる。娘が中学生になった時に買ってやったもので、高校はJRを利用して通ったから、長く出番はなくなっていた。それをチューンナップして復活させた。
 近くのスーパーへ買い物に行くのも自転車でエッチラオッチラ。時々バランスを崩しかけるのは、やはり年のせいだろう。自転車を乗り回した若い頃に戻るだけと高をくくっていたが、そうは問屋がおろさないようだ。
 ともあれ、これからの私に自転車は欠かせない。充実した余生を送るためにも、自転車は必須アイテムだ。きょうも坂道で息を切らしながら、懸命にペダルを踏んでいる。
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どうするの?

2015年12月08日 00時05分27秒 | 文芸
「ママさん、お元気ですか?」
 懐かしい声。でもちゃんと覚えている。
「久しぶり。でも、どうしたん?」
「……相談したいことあって……?」
「そう、いいよ。どっかで会おうか」
「はい!」
 携帯を切ると、M子と初めて会った時の顔を思い浮かべた。
 あの日、いきなり訪ねてきたM子は初々しい高校生だった。
「ここへ来るまでえらく勇気がいったんです。世の中って怖いとこで騙されることが多いから。劇団って特にそんな世界なんだと思って」
 少し興奮気味で頬を染めた高校生を前に、苦笑するしかなかった。
 当時夢中で取り組んだアマチュア劇団活動。姫路を拠点に学生や社会人がメンバーた。説明に納得したM子はその場で参加を決めた。
「ただし他の仲間に迷惑をかけるような無責任な参加はしないでね。お芝居は仲間の信頼と絆が作り上げるものだって肝に銘じておいて。それがなかったら感動は生まれないから」
「はい、分かりました。頑張ります!」
 ひたむきさが溢れる姿だった。
 M子は真面目だった。芝居作りに取り組む素直な姿に安心を覚えた。
 彼女の初舞台は『オズの魔法使い』になるはずだった。主人公ドロシーといつも一緒に行動する愛犬トト役。セリフは犬の泣き声だからかなり難しい。それでいて重要な役柄だ。
 ある日からM子は稽古を休みがちになった。当然かなと思った。「ワンワン、キャンキャン」を繰り返すだけのセリフ。しかも犬の動き……?晴れやかな舞台でスポットライトを浴びるのに憧れる若い人が面白くないのは確かだ。彼女も期待が外れたのだろう。
「どうしたの、この頃。ちょっと疲れてるようだけど、大丈夫?」
 M子に話しかけた。
「別に疲れてないけど……」
「なら、どうして稽古怠けるの?」
「……私の役、人間じゃないから」
 思った通りだった。
「人間じゃないから、稽古しなくていいの?」「学校の演劇部で主役になったんです」
「そう。だったら劇団辞めなさい」
「え?辞めたくないです。最後までやらなきゃ無責任だし。演劇部の先輩たちも期待してくれているから……辞められない」
「いいこと。あなたはお客さんなの?いえ、そうじゃないでしょ。一つの舞台を作ろうと切磋琢磨している仲間のひとり。あなたのトトがいないと芝居は成り立たない。それが分からない人なら要らない。甘えの許されない社会じゃ責任の取れない人の居場所はないの」
 きついかなと躊躇はあったが、はっきりと言った。無言のままM子は俯いた。
「二兎を追うものは一兎も得ずってことわざ知ってるわね。あなたがいま最も責任を果たすべき演劇部に専念しなさい」
「で、でもトト役がいないと……」
「心配いらない。責任を果たせる仲間は何人もいるから」
 M子は納得しかねる顔で帰っていった。
「申し訳ありませんでした。もう一度メンバーに、仲間にいれてください」
『オズの魔法使い』公演が終わると、楽屋にM子は顔を見せた。そして頭を下げた。
「みんなの素晴らしい舞台を観て、仲間の意味が……完全じゃないけど、思い知りました。無責任だったこと許してください」
「みんな、どうする?」
 私の問いかけに、楽屋にいた仲間たちは即座に頷いた。みんな大人なのだ。
「ありがとうございます!」
 M子は泣いていた。グッと歯を噛みしめて。
 社会人になってからもM子は責任の取れる仲間であり続けた。劇団を解散するまで……。
 そして三十年を経て、また彼女は私にあの自信なさげな笑顔をみせてくれるようだ。
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夜ふけて

2015年12月07日 01時42分30秒 | 文芸
寒い。

布団にくるまれれば、少しは防寒となるだろう。

そう素直にいけないのが私。

夜型人間のさが。

まず3時ごろまで眠気は来ない。

定年まで10年以上も、

夕方から翌朝まで深夜勤務を続けたのも、

伊達や酔狂じゃない。

やはり夜型人間の本領発揮といっていい。




20代のころから、

仕事が終わると、夜の街を徘徊した。

まだ24時間営業の店舗が少ない時代。

スナックで飲み、友人とだべり、そこかしこで眠ったっけ。




当時の趣味は演劇。

地方のアマチュア劇団に、入っていた。

仕事を終えてから、夜の稽古に夢中だった。

自分ではない人間の人生を演じることの魅力。

病みつきになった。




実は超内気な人間。

他人としゃべるのがたまらなく苦手だった。

誰かと話そうと思うと、

緊張と焦りに支配された。

顔を赤く染めて、うつむいてこちごもってしまう。

そんな暗~い人間だった。




分からない。

そんな性格の私が、

対極にあるといっていい演劇に飛び込んだ動機が。

いまだに

分からない。

ただ、それで救われたのは確か。




グループの中にいても、

孤独だったのは同じだったが、

演劇は私を抱擁してくれた。

好きになればなるほど、

芝居はまともに向き合ってくれた。

好きこそものの上手なれだった。




芝居と劇団仲間は言った。

人生、芝居なんだと。

お前はそこでしか自分を見出せない人間だなあと。

ズバリ言い当てていた。

その虚構の世界が、

私の人生を導いてくれた。

皮肉と言えばヒニク。




いまの私の原点は芝居だ。

結婚し、子供を育てるという普通の生活を、

与えてくれた。




でも感謝はしない。

素直に礼など言ってしまうと、

ジ・エンドだ。




まだまだ生きたい。

今の私に、

もう芝居はない。

ないはずだが、やはり無縁とはなりえない。




ただ、唯一の楽しみになっている文章や絵の創作は、

芝居つくりを通じて手にしたものだ。




結局、

寿命が尽きるまで、

芝居と二人三脚の人生は続く。




手づくり名刺に書いた。(下記掲載)

『芝居とは人生である』

人生と芝居の立ち位置が、いまの私には逆転している。

それでいい。

きょうも明日も

嘘っこくさい暮らしを歩むだけである。




無性に寂寥感にとらわれた夜。

とりとめもなく、パソコンに向かっている

わたし…いったい、何者なんだろうね。

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おひとりさま1パック・その2

2015年12月06日 00時00分39秒 | 文芸
出たり入ったり、背負ったリュックに卵のパックが五パックになると、いったん車まで戻る。助手席に積み上げておいて、また売り場へ戻る。あと五パックに挑戦だ。
「おはようさん」
 レジに並ぶと声がかかった。定年まで勤めていた工場の同僚だ。彼ももう定年を迎えている。しょっちゅうこのスーパーで顔を合わせる。アパートに一人住まいだから、買い物は自分でやるしかないのだ。人それぞれの事情がある。それも贅沢が叶わない年金生活だ。安売り卵の購入は、お互いに欠かせない。
「お宅もまた卵かいな?」
「当たり前やがな。物価の優等生やで、その力借りんとやってかれんわ」
 少ないうんちくを口にしている。
「一パックあったら、一週間は持つもんのう」
 同僚の顔が余計ショボクレテ見える。
「なに言うとんや。一パックじゃ足らへん。うち三人家族やけど、きょうは十パック狙いや」
「そないようけ買うて腐らしたら勿体ないぞ」
「アホ言え腐らすような下手な事すっかい。卵があったら、他におかずがのうても、どないかなるやろが」
「……賞味期限切れたら……?」
「そんなもんべっちょないわ。加熱したらなんぼでもいけるで」
 卵は重宝だ。賞味期限は生で食べられる期限を表示している。卵かけごはんだけ食ってたら、ちょっと考えモンだが、大体焼いたり茹でたりして食べるもんだ。期限が切れたら加熱すりゃいいのだ。はは~ん。
 卵焼きだってかなりバラエティに富んでいる。厚焼き、出し巻き、オムレツ、炒り卵、ハムエッグ……。飽きることはない。そうそう、最近卵を使ったスィーツに凝っている。中でもプリンはお手の物だ。
「あんた、このプリン売ってるもんより美味いやないの。ようけ卵買っといて切らさんように作っときや」
 めったに亭主を褒めない妻が褒めそやすぐらいだから、自家製プリンはマジ美味なのだ。冷蔵庫に作り置きしておけば、甘いものに目がない、わが家のオンナどもが消費してくれる。勿論亭主だって、酒やたばこと縁切りして以来、寂しい口を補ってくれるのは甘いものだ。十個ぐらいはすぐなくなってしまう。
 プリンつくりで卵以外の材料は牛乳、生クリーム、砂糖、バニラエッセンス。生クリームは少々高いが、値引品を手に入れて賄う。生クリームを入れるか入れないかで、プリンの風味にすごい格差が生まれる。よく混ぜて容器に入れて蒸すだけだ。ちょうど百円均一ショップで一人分に頃合いの容器を見つけた。三十個も大人買い(?)して妻に叱られたが、容器に納まったプリンの上品さに、すぐ妻の機嫌は直った。
 七パック目になるとレジに並ぶ。卵だけではなく他の商品をガッポリ買いこんだ客の後ろに並ぶはめになると苛立ちが募る。
「あんた、それだけかいな?」
「はあ」
 カートに商品山盛りの買い物かごを積んだ客が振り返って、声をかけてくれたらシメタものだ。
「先にレジしなはれ」
「おおけに。すんません」
 人の好意は素直に受け取るものだ。断るなんて、相手の気持ちを傷つけてしまいかねない。頭をちょっと下げて礼をいえばいい。世の中は結構いい人が多いと感謝するのだ。
 十パックの卵を助手席に積み上げて、ホーッと息を吐く。仕事は終わった。思い通りの数量を買えて満足だ。
 家に着くと、意気揚々で玄関を開ける。
「お帰り。どないやったん?」
 待ち構えていた妻が性急に訊く。
「ほれ見てみい。十パックや、十パックやぞ」
「えらいえらい」
 口ぶりがあきれ果てている。定年で現役引退してから、お馴染みの反応だ。亭主がボケないために許しといてやるんだとの思いが滲んでいる。
「ほなら、いまから買いものに行って来るわ」
 妻の出番だ。日々の生活必需品は妻が購入する。
「あんたに買い物任せといたら、お金がなんぼあっても足りへんわ」
 一度買い物を引き受けた時、買って来たものを一瞥して妻は深いため息をついた。期待に副えなかったのだ。男と女の目利きと生活力の差はどうしようもないのを思い知らされた一件である。
 結局、卵とか砂糖のタイムセールスだけにお呼びがかかる。たぶん妻も並ぶのが嫌なのだろう。亭主以上に気が短いのだから。
でも、ちょっと買い過ぎやない、卵やって。これやから男の人に買い物頼みとうないんや」
 妻の皮肉は、もう狎れっこだ。あ~あ~!
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おひとりさま1パック

2015年12月05日 10時33分36秒 | 文芸
「どうしたん?まだ早いよ」
 台所で娘の弁当を拵えていた妻が訝しげに訊いた。そういえば妻にはまだ言っていない。
「買い物や。スーパーに行って来るわ」
「あ?今日は火曜日だっけ」
「そうやで」
 やっと気が付いたらしい。結構のんびりした性格である。時と場合に寄るが。
そう、今日は近くの大型スーパーで卵の安売りがある。一パック九十七円。税込みだ。消費税が八%になると、他店はそれまで目玉にしていた卵の安売りを一斉にやめた。
昔も今も卵は物価の王様だったはずが通用しなくなったのだ。それを、この大型スーパーだけはしっかりと続けている。それも以前より一円安い値段だ。業界でひとり勝ちしているという世評を裏切らない商売のやり方である。それに商品の値段表示が内税方式なのが分かり易い。年金で生活する身には、涙が出るほど何とも有り難い。スーパー様々だ。
近郊では唯一とも言える大型ショッピングタウンで中核を担う大規模スーパーである。数年前までは二十四時間営業を謳っていたが、原発事故以来の節電推奨が影響して、いまは朝七時から夜十一時までやっている。それでも使い勝手がいいので、近隣からの集客はガッチリ掴んでいる。近頃は高齢者の姿が目立つ。時代の流れを如実に示している。
 安売り日は毎週火曜日。『火曜市』と銘打たれ、かなり格安で買い物が楽しめる。卵はそのメインだ。早朝七時、午後二時、夕方五時と、一日に三度も卵は安売りされる。午後以降の二回は三百パック限定となっている。
 早朝以外のタイムセールは、三十分も前から長く列が出来る。
「本日の卵、最後尾です。ここにお並びください!」
スーパーの店員が、『卵 最後尾』と表示されたボードを高く掲げて呼びかける。
それでひとり一パックしか買えない。ただ制約より並ぶのが辛い。だから並ばなくてお構いなしの買い放題が可能な早朝に足を運ぶようになった。用意される数量も六百パックとかなり多い。時間さえ失念しなければ必ず買えるが、なにより並ばなくて済むのが短気な気性にはうってつけだ。
 六時半までに大型スーパーの駐車場に滑り込む。営業時間外の駐車場に車は殆ど見当たらない。出来るだけ店舗の入り口に近いエリアに乗り入れる。あとあとの都合を考えたうえだ。座席の背を倒し、七時開店までのんびりとカーラジオを聴きながら時間を潰す。
「家から十五分もかからへんのに、そない早う行ったかて、じーっと待ってるだけやないの。あんたのやる事、ほんま考えられんわ」
 現実的な妻は、いつもそう皮肉る。考え方が相反するから、案外夫婦関係はうまく行ってるのかも知れない。
 不思議だが、並ぶのは我慢できなくても、待つのは苦にならない。いつも誰かと待ち合わせると、必ず三十分前に着くよう心がけている。実は小心者なのだ。約束の時間に遅れることが不安だし、うまく弁解できないから何のかのと言われたくない。それなのに相手が十分以上遅刻しても、文句ひとつ言えない。ニコニコしているだけで相手には都合のいい男だった。
 七時かっちりに大型スーパーは開店する。自動ドアが開くと、躊躇なく卵売り場に急ぐ。同じ目的の客と抜きつ抜かれつとなる。去年までは、閑散とした中を悠々と卵売り場に向かったものだ。最近は利用客が目立って増えている。前のようにユックリズムは通用しなくなった。やはり、みなさんだって長い列に並ぶのは嫌なのだろう。
 ラックに山ほど積まれた卵を一パック、すかさず確保すると、レジに急ぐ。早朝レジは二台しか稼働していない。最初は卵目当ての客ばかりで、スムーズにスルーするが、七時十五分前後になると、レジは嘘みたいに混みだす。それまでの勝負だ。息が抜けない。
 なにしろ十パックは買うつもりだ。ひとり一パックの制限をクリアするには、レジを通過した足でまた売り場に取って返すしかない。
 カートに五,六パックほど積んだのをレジ近くに止め置き、往復距離を短縮する常連客がいる。馬鹿正直者には呆れる所業だ。その上を行くのが、ひとり来店が明白にもかかわらず、レジを突破する輩たち。
「お連れ様はおいでですか?」
「ああ。あっこに待っとるんや。あれ?どこ行ったんや。しょうのないやっちゃなあ、そこに居れ言うとんのに。年寄りやさかい許したって。どっかで休んどるわ」
 レジスタッフも毎度のことだから心得ている。それに自分が損するわけではない。確認の言葉をかけたのだから、それで充分なのだろう。とはいえ、嘘も使いようと要領よくレジを切り抜ける連中の真似はとうてい出来ない。根が生真面目、いや小心者なのだ。
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厭きちゃったぞ

2015年12月04日 00時54分24秒 | 文芸
ここしばらく、ユニットバス据え付けと洗面室などのリフォーム工事が続いている。
おかげで家に閉じこもり状態。
ほかに留守番の出来る家族がいないのだからしかたがない。
みんな働いている。(学校も含めてだが)
現役引退の身には当然の役回りである。
しかし、家にいるというのも実にしんどいのだ。
ガンガンとうるさい工事音に悩まされながらも、逃げられない。
それにやることがない。
日がな一日、テレビやビデオ、パソコンと睨めっこ。
若いころには何度となく夢見た生活だ。
それが現実になると、身を持て余してしまう。
外で働いている方が気楽なのに気付いた。
皮肉な話である。

4日の午後にはユニットバスがつかえるようになるが、工事は8日まで。
まだまだ道のりは長い。
はてさて何をやって過ごそうか?
贅沢な悩みに頭を悩ませている。

悩める子羊をやれるのは、老いぼれてしまってるわけじゃない証拠だ。
まだまだ人間をやっているのは確かだな。
よ~し。
今日は家の中を思い切り片づけてみることにしよう!
うん、それがいい。






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しょぼくれてられるかい!

2015年12月03日 00時40分16秒 | 文芸
若い頃はアマチュア演劇に打ち込んだ。仕事の寸暇を惜しんで都合四十数年にわたる活動は、生きる原動力でもあった。脚本を書き、演出、メインの役者、美術……やることは無限にあった。自分で主宰の劇団は二十年近く続き、若者たちと切磋琢磨し合った。

 六十で定年を迎えると、自然に劇団活動と距離を置いた。何より身体の衰えを自覚した。「舞台の表現は観客にはとても不可能なものでないと感動を呼べない。動きも声も、観ているものの何層倍でなければ駄目だ」が持論だった。だから、舞台芸術に携わる限界を悟ったのだ。体調不安がそうさせた。

 劇団活動から身を引くと、他に何もないと気付いた。パートの仕事は一日四時間程度。家でゴロゴロしているのもウンザリである。

それに気力が萎えているのを自覚すると、(もうオレも高齢者か)と諦めの境地に走った。

「なにお年寄りやってるの?」

 妻だった。劇団活動を通じて結婚相手に選んだ。十三も若い。彼女に高齢者の気持ちが分かってたまるかい。

「何もやる事ないと思ったら、もう人生終わりだよ。それでいいの?生活優先で諦めた好きなことやるチャンスじゃない。人間死ぬまで夢を見続けなきゃ。頑張れ!私の惚れた男がショボクレてんじゃないよ!」

 妻の言葉はきつかった。それに優しかった。

こうなれば妻の期待にきっちり応えなければ。やるしかないのである。

 試行錯誤の末、残ったのは文章創作。時間さえあれば気楽に打ち込める。劇団活動の中で脚本を何作も書いている。これしかない。

 新聞の読者欄への投稿から始めた。面白いように採用された。調子に乗ると、週刊誌や月刊誌にもチャレンジした。

 本を出版しよう!やっと夢が生まれたのは、新聞の文芸欄で小説やエッセーの入選が続いたからだった。そして全国公募のエッセーで最優秀賞に選ばれた。賞金もさることながら、トップに手が届き自信に繋がった。あの若い頃の野望すら蘇った。

『本を出版する!』もう揺るぎない夢となった。余生を賭けた夢の実現に走り出した。

 新宿御苑駅近くの出版社を訪問した。出版相談会で出版のノウハウを学ぶのだ。持ち込んだ原稿を読み、適切な助言を与えてくれるスタッフの言葉に全神経を総動員させ訊いた。

 夢は生きがいに直結する。忘れていたが、もう大丈夫。人生最後の夢挑戦は始まった。




 
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破格の温泉めっけ

2015年12月02日 00時28分39秒 | Weblog
今夜は福崎温泉ふく福の湯は定休日。

生来風呂嫌いの私は、どうってことはないが、

妻と娘は女性、そうはいかない。

そこで、ネットを駆使して探しましたぞ。

入湯料、距離、営業時間……条件にあう湯はあるのか?

北播では西脇も加西も地元温泉は軒並み営業をやめていました。

そこで目を移したのが、東播地域。高砂…加古川……と。

あった!あった!ありました。

なんとも奇跡的。

加古川温泉ぷくぷくの湯なのだ。

ふくふくに丸がついた名前とは、これいかに。

ともかく、営業時間は深夜12時までと、条件を限りなくクリアしております。

それに、料金も大人550円!これも破格すぎる!

その上、神戸の方の大学に通っている娘が加古川駅下車で落ち合えば、万事好都合!

てなわけで、携帯ナビを使って一路ぷくぷくの湯へと急いだのだ。


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