雨の記号(rain symbol)

韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」(89)





韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」(89)


  ――おばあちゃん・・・おばあちゃん・・・

 クムスンが夜通し泣いているのをジョンシムは悲痛な思いで受け止めた。

 その夜、ジョムスンは気持ちが高揚して眠れなかった。
 スンジャに、クムスンをヨンオクと比べられたことが頭の隅に引っかかっていた? 
 ジョムスンはそのせいだと感じたようだった。

 翌朝、ジョンシムはいつもどおりキッチンに出てきた。
 するとテーブルにはクムスンからの書き置きがあり、ご飯を炊く準備とおかずの用意がされている。

 クムスンは病院にやってきた。ヨンオクの病室の前に立った。
 辺りの様子をうかがい、スタッフが出てくると知らない振りを装った。
 中に誰もいないと感じられた時、病室のドアをそっと開けた。
 ヨンオクは昏睡状態を続けている。ためらいでドアをしめて戻りかけた。
 しかし思い直した。もう一度ドアをあけ、中に入った。ドアをしめ、母の方を見た。一歩ずつベッドの方に歩み寄る。
 母親のそばに立った。今まで感じることの出来なかった母の姿があり、優しそうな手があった。
 しかし目の前にいる母は束の間の幸せさえ自分に与えてくれない。クムスンは悲しかった。痛ましかった。
 それでいいのよ。
 クムスンは背を返した。
 どうせ私はあなたの温もりを求めてここへやって来たわけじゃない。自分からあなたと縁を切りにきたのよ。
 そのまま出て行こうとしたクムスンだがその歩が進まない。立ち止まったまま母の方へ思いを返す。
 もう一度向き直る。
 母の顔をしっかり胸に刻んだ。
 もう振り返らない。これで吹っ切ろうと自分に言い聞かせ、クムスンは病室を出た。


 テワンは眠りから覚めた。
 目を開けると、いきなりクマの声が頭の中で響く。

――初キスだったのに、このろくでなし!

 テワンは両手で顔を覆いながら後悔に沈む。
「まいったな。今時、あの年で初キスとはどういうことなんだ。キスですんだのは幸いだ。酒のせいだよ、酒の・・・! まったくもう・・・しかし、何とかなるさ」
 テワンはベッドを抜け出し階段をおりた。
 シワンが階段をおりてきたテワンに訊く。
「オーディションはどうだ?」
「前回よりはマシってとこ」
 答えてトイレに入っていく。
 シワンはジョンシムの前にやってくる。
「父さんは?」
「フィソンと遊んでるわ」
「最近、フィソンは父さんにべったりだね」ちらと部屋を見てシワンは訊く。「クムスンさんは?」
「とっくに外出したわよ。書き置きがしてあった」
「夜中、泣いてたようだけど」
「あなたも聞いた?」
「ああ、それで目が覚めた。母さん、父さんから何か聞いてない」
「・・・」
 ソンランが出てきて二人は話を中断した。
 シワンはジョンシムのそばを離れていった。それをいぶかりながらソンランはジョンシムに話しかける。
「私は何をやればいいですか?」
「会社は?」
「行きますよ」
「なぜ手伝うの? 出かける用意をしなさい」
「・・・」
「家事を手伝ったりしたら不幸になるんでしょ?」
 ジョンシムの皮肉にソンランは苦笑いするの
「でも今日は時間がありますから」
「それならよかった。あなたも口が達者ね」
 ソンランは笑いながら答える。
「平凡だったら彼の目に留まってませんわ」
「それって息子を褒めてるの? それとも自慢?」
「・・・」
「忙しいのはいいことよ。私は家事一筋で来たけど真似する必要はないわ。望んでもいないしね」
「・・・」
「昨日、会社を訪ねたわ。広い事務所でよかったし――働く姿もすてきだったわ」
「・・・」
「カッコいいし、とても羨ましかった。頑張りなさい。働けるって幸せなことよ」
「ありがとうございます」


 シワンは示談金の件でピルトに訊ねた。
「話したよ」
「そうなの? さっき返事がなくて」
「反対されたよ。母さんにとっては大金だからな」
「そりゃそうだよ」
「様子をみよう。二つ返事で応じてくれてお前には感謝してるよ」
 シワンは頷いて部屋に戻った。

 クムスンはキジョンの部屋を訪ねた。
 クムスンを見てキジョンは驚く。
「お話があります」
 席に落ち着くとクムスンは切り出した。
「移植に・・・応じます」
「・・・」
「ただ私たちだけの秘密にしてください」
「・・・」
「これからずっとです。手術後はもう会いたくありません。今までどおり別々に生きたいんです」
「・・・」
「それと――ご存知でしょうが、職場の副院長が・・・娘さんです」
「知ってるよ。最近知った」
「副院長にも知られたくありません」
「分かった。そうしよう」 
「それと・・・」
「話して」
「すみませんが・・・必ず返します。時間を要しますが・・・3年ほどです。叔父の示談金が7000万ウォンなんです。貸していただければありがたいのですが」
「分かった」
「必ず返します。無担保で借りようなんて厚かましいですが――必ず返しますので信じてください」
「ああ、貸すよ。さしあげてもいいんだが」
「いいえ、必ず返します。3年以内に返します」
「そうしてくれればいい。君の通帳にすぐ入金するよ。あとで口座番号を」
「ありがとうございます――手術はいつごろになりますか?」
「妻の意識が戻ったらすぐに連絡するよ」
「手術を受けるに当たっての注意事項はありますか?」
「特にはないが――先日あげた鉄分剤は飲んでるかな? それをきちんと飲んで」
「・・・」
「貧血気味の人は手術の1ヶ月前から――服用が不可欠だ。長期的に飲まないと意味がない」
 キジョンの話を聞いていてクムスンの表情は強張った。
 少し遅れて頷いた。
「では、これで失礼します」
 立ち上がったクムスンにキジョンは涙ながらにお詫びとお礼を言った。
 クムスンは強張った表情のままキジョンの部屋を出た。
 化粧室でこんな日が来るのを知ってでもいたようなキジョンの言葉が蘇ってきた。

――あるからあげるんだ。もらって飲んで」

「だからくれたのね。ひどい人たち」
 クムスンは鏡の自分を見つめた。
「いいわ。自分には無縁の人たちだもの・・・」
 この時、後ろから声がかかった。ウンジュだった。
「どうしてここに?」
「診察に?」
「いいえ」
「だったら誰かのお見舞いかしら」
「・・・はい」
「そうなの。私の母も入院中なの」
「そうですか。私は帰るところなんです」
 クムスンはウンジュにお辞儀して出て行った。

 スンジャの家では浮き浮きした空気が漲りだしている。
 サンドのこともあるが、クマの恋の予感をスンジャもジョムスンも感じ出しているからだった。
 夕飯はクマの恋をめぐって賑々しく進行する。

 チャン家ではウンジュとウンジンの間に少しずつ姉妹の絆が生まれだしていた。
 学校に出かける準備をしてウンジンがウンジュの部屋に来る。
「準備できた? 少し待って」
「ママの意識は戻るわよね」
「もちろんよ。私は心配してない」
「お姉さん、実は授業参観があるんだけど」
「パパに話せばいいわ」
「パパはママにつきっきりよ」
「でも、学校には来てくれるはずよ」
「でも・・・先生に何とか言う」
「ひょっとして――パパが年を取ってるから来てほしくないの?」
「・・・」
「そうなのね。ママが元気だったらって――私は逆だったわ。私はママが若すぎて嫌だった。再婚だってことがバレそうだったから」
「・・・」
「なら、私が行ってあげようか?」
「本当? お姉さんが来てくれると私は嬉しい」
「じゃあ、時間を作るわ。出よう」

「ああ、腹が減った」
 ジェヒが食堂に来て座る。
「珍しいことを言うわね」
 ミジャは不思議そうにする。
「顔色もいいし」
「そんな風に見える? 母さんの方が顔色はいいけど」
「私はいつもいいわよ。ヨンオクさんは?」
「すぐに意識が戻るはずさ。車で送って行くから早く準備して」
「気遣いは無用よ。今日は定休日なの」
 ミジャはジェヒの顔色をうかがう表情になる。
「ウンジュが落ち込んでるわ。あなたが慰めてあげなさい。あなたも慰められたでしょ」
「ああ。分かってるが・・・別の意図があるなら諦めてくれ」
「というと?」
「たとえば・・・くっつけようとかするなら」
「その通りよ。だから何?」
「母さん。なぜ誰とでもくっつけるんだよ」
「”誰とでも”とは何よ。私はウンジュだけだわ」
「・・・」
「ジェヒ。そういわず、ウンジュと交際しなさい。彼女はいないんでしょ」
「・・・」
「この子ったら」
 

 キジョンの携帯が鳴った。
 ウンジュからだった。
「ええ。今のところ、順調に透析中よ。忙しくて来られない?」
「回診だから・・・今から出るから回診がすんだら行くよ」

 ジェヒたちはキジョンが現れるのを待っている。
 来るのが遅いのを心配しだした頃にキジョンは姿を見せる。
 ジェヒの姿を見るとキジョンは緊張した。二人でやりあったことが脳内をかすめた。
 
――先生が奥様を守るように私も彼女を守ります。
 
 キジョンはジェヒの前に立った。
「行くぞ」
「はい」

 クムスンはスンジャに会い、キジョンから借りた金を差し出した。
「これは何?」
「7千万ウォンよ。示談金の足しにして」
「誰に借りたの?」
「チャン先生よ」
「何だって? クムスン」
「3年以内に返す約束をしたわ。だから、叔父さんには稼いでもらわなきゃ」
「正直に話して。なぜ、あの人に借りたの? 早く」
「本当に借りたのよ。移植には・・・応じることにした」
「あなた、どうかしてる。ダメダメ、ダメよ」
「叔母さん・・・」
「そんなの絶対ダメ! ダメよ、クムスン。おばあちゃんが激怒するわ」
「・・・」
「叔父さんのためなら・・・」
「いいえ、叔父さんのためじゃない。ただ・・・分かっていて、見殺しにできないでしょ」
「クムスン・・・」
「父さんもいないし・・・私を産んでくれた人だから」
「・・・」
「私に命を与えてくれた人だから――ただ、そのお返しをするだけよ」
「クムスン・・・」
「だからって、会ったり行き来したりはしない。先生にもそう伝えたわ。手術が終わった後も会いたくないってね」
「・・・」
「それに、お金は別の用途で借りたの。だから、叔母さんは気にしなくていいわ」
「・・・」
「でもね。必ず返さなきゃダメ。3年以内に返すと約束したから。必ず返してよ、叔母さん」
「クムスン。そんなのダメよ。おばあちゃんに殺される」
「おばあちゃんには話さなければいいでしょ」
「何だって?」
「2人だけの秘密にすればいいわ」
「正気なの? どうかしてるわ。クムスン、絶対にダメ」
「叔母さん。もう決めたの。だから受け取って」
「クムスン」
「そういうことで帰るからね」
 クムスンは腰をあげた。
「久々の休みだから、あれこれ忙しいの。また後で電話します」
 クムスンはしっかりした足取りで歩き出した。





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