というような書き方では、若い人たちには何のことやらさっぱり分からないだろうから、少し説明を加えよう。
今から遡ること三十年ほど前、市川昆監督(監修、演出)によって(木枯らし紋次郎)なる時代劇がスタートした。このドラマは大当たりし、当時、ほとんど無名だった中村敦夫はこれ一作であっという間にスターダムにのしあがった。それもそのはず、このドラマは確か夜十時の時間帯で放送されたはずだが、水商売でまさに書き入れ時の時間帯に、バーやキャバレーでホステスたちが消えていなくなるような現象がそこここで起きてしまったのである。
この紋次郎なる主人公は、自分の力だけを信じて生きる自己追求型、他人とはいっさい関わらず(ドラマではむろん関わって話が生まれていたが)、ひたすら旅を続ける渡世人であった。
なぜあんなにも人気を博したかは、当時の社会状況と無縁ではないだろう。あの当時、団塊の世代たちに次々と家庭が生まれ、高度成長経済に絡んで戦後以来のベビーブームが再来した。街には物があふれ、大量消費に拍車がかかりだした時期なのであった。
団地やアパートに入った団塊の世代たちが子供を持ち、車を買って次は一戸建ての家だとばかり誰もがいっせいに目標を設定しだした時、そういうぬくぬくとした家庭とは無縁の孤独で窮乏で宿無しのさすらい人が登場したのである。
団塊の世代を中心としてこのドラマへの感情移入がすばやかったのは、のちのディスカバージャパンにつながる美しい日本の原風景(このドラマにおいて、紋次郎はいつも山の中を歩いていた。彼が人と関わっていくのは峠の茶屋や街道沿いの貧しい村や宿場、そして街道そのものであった)の映像や、団塊の世代たちが都市の団地やアパートの中で新しい親子関係を生み出し始めていたことと深くつながっている。
ひとつはドラマの背景となる山々に、田舎から都市を目指して(集団就職や大学受験で)やってきた彼らが故郷の山々をオーバーラップさせたこと。もうひとつは、富の生産と分配の著しい都市において、郷里から離れ続々とニュースタイルのファミリーをこの地で発生させていた彼らが、ある種余裕をもって、孤独でニヒルな主人公の物語の中にすんなり感情移入していけたことである。
ほどほどに充足した家庭を作りながらも、彼らは居住の拘束を受け、自由時間のほとんどを労働のために奪われてしまっている。木枯らし紋次郎の孤独で貧しくはあっても自由な生き方は心の奥底で空しく眠る彼らのロマンへの心を激しく揺さぶり続けたのである。
当時、時代そのものにアンチを掲げた者たちも、結局は時代の色にアンチなまま染まり、高度成長のどこかの枠組みとなって時代を動かしてきた。
あれから時は推移して、モーレツに働き続けた男たちのもうひとつのロマン的シンボルであった紋次郎は、今やぎらぎらした生の輝きもたくましさも失せてしまったか、旅の空にはないようだ。新田郡の三日月村ではなくても、どこかの村でひっそり休息の途についているのであろう。
彼の代わりとしてさっそうと登場してきたのが先に挙げた二人のお紋である。
一人は日テレのドラマ「ハケンの品格」に登場する大前春子(篠原涼子)であり、もう一人はテレビ東京のドラマ「逃れ者おりん」に登場する手鎖人おりん(青山倫子)である。
僕がこれらのドラマに登場する二人を紋次郎の分身と見るのは、二人が生きることに強く執着し、その結果、周囲を変え、自らの一歩も切り開く痛快なスーパーヒロインであることにある。
大前春子は数十種の資格を持ち、有能な派遣社員として各社に配属されていくが、三ヶ月以上の契約はせず、自分の任された仕事以外ではどのような仕事も誰との関わりも拒否し続けている。プライベートな時間は謎に包まれたままである。しかし、ビジネスの中で発生するさまざまの問題や他者の窮地に対し、「私には関係のないことです」と言いながら、結果としては社を助け、同僚を助けてしまうのである(これは紋次郎と同じである)。
おりんは手鎖人(忍者)として要人暗殺の仕事に手を染めていたが、頭目にむりやり犯されて生んだわが子が生きていると知り、暗殺集団のしがらみから脱けようと決意する。遠くにあるわが子に会いに出向くところから物語りは始まるが、彼女を始末せんものと暗殺集団が執拗に追跡し続ける。今風に言うなら、悪党の組織が悪いことの発覚を怖れ、脱けようとする者の口封じをしようとするのと同じ構図である。おりんは生への強い執着でそれを打ち払い続ける。
抜け忍を扱った白戸三平の「カムイ外伝」に似ているが、カムイの場合は脱けることそのものが目的であり、おりんの場合はわが子に会う確固とした意志が生じているところに違いがあって注目点である。
木枯らし紋次郎の渡世人生活は世間のしがらみから逃げるという意味ではおりんとかぶるところもある。だが生き方そのものはカムイに近い。あえて目的をいうなら、生きるために生きるのが紋次郎やカムイの現世的姿であり、生きる中に確固とした目的を持っているのが大前春子やおりんと言えそうである。
それは時代の差異から来ていると僕は思う。
コミックにおけるカムイやテレビドラマの木枯らし紋次郎の活躍は時代として重なっている。あの頃はおおまかな意味で人生の目標が設定されていた時代と言えるだろう。それは鉄の時代に支えられた経済の高度成長期だったからだ。人々は昼夜を惜しんで働き、その目標は車を買い、郊外に家を建てることであり、わずかの休日には子供を連れての行楽が待っていた。
今はどうだろう。
家を建てた人たちはすでに成人し、彼らは行き場を見失っている。何をすべきかを見失っている。ある者はニートとしてさまよい、ある者は必要な分だけ勉強してエンジニアの道をひたすらまい進する。まるでレールの上を走るみたいで、それが果たして彼自身の目的や目標と言えるのかどうか。他に必要なものもあるのじゃないか・・・・・・。いずれにしろ、それらは団塊世代の郊外に家を建てるといった共通項を持った目標でないのは明らかだ。つまり、今の世代のかたまりとしての目標は見えないままなのだ。
僕の取り上げた二人のお紋は今の若者や視聴者にどんなメッセージを託そうとしているのだろう。
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