韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」(107)
しかし、口をついて出たのはいたわりの言葉だった。
「具合はどうですか?」
ヨンオクは意外そうに答えた。
「大丈夫よ」
笑顔を作る。
「何ともないわ」
「お話があってきました」
「ええ。話して」
「移植。受けてください」
ヨンオクの悲痛な顔――目からは涙が流れ落ちている。
クムスンは繰り返す。
「受けてください」
ヨンオクは首ををブルブル横に振る。
「受けてください」
「ダメよ。それはダメ。絶対ダメ。死んでも受けないわ」
「・・・」
「ダメよ。いくら卑しい私でも、それをあなたにさせられない。それだけはダメ。できないわ」
「意見を聞きに来たのではありません」
控え目な口調ながらクムスンはリンとして言った。
「私を捨てる時、私の意見を聞きましたか? 捨ててもいいのか、と聞いたことがありました? 1度も聞かずに――一方的に捨てたじゃないの。だから今回は、一方的に私が決めるわ。選択権はないの。移植を受けてください」
ヨンオクは唇を震わせながら首を横に振り続ける。
「受けずにどうすると? 遠くに行って――気楽に1人で死ぬと?」
「違うわ」
ヨンオクは顔をあげる。気丈をつくろって答える。
「透析を受けて、ずっと――健康に生きるわ。心配しないで。こんなこと、もう・・・」
クムスンは涙ながらに叫んだ。
「なら最初から現れず、こんな姿も見せないでよ」
ヨンオクの涙は止まらない。
「許したりはしないわ。絶対に許しません。憎みもしない。憎悪も愛と関心だから――決して憎まないわ」
「・・・」
「ただ――私が楽になるためよ。こうしないと気楽に生きられない。だから、必ず移植を受けてください。選択権はないわ」
「・・・」
「ここまで言ったのに意地を張るなら、その時は・・・一生憎みます。本当に、一生許せませんから」
ヨンオクはただただ泣きじゃくる。
「失礼します」
感情を抑えて挨拶し、クムスンは背を返した。
「クムスナーッ」
ヨンオクは声を震わせて娘の名を呼んだ。
「かわいい我が子、クムスナーッ! クムスナーッ!」
ヨンオクに自分の名を呼ばれ、最後まで冷静を装うつもりだったクムスンも、こみ上げてくる涙は抑えることができない。
「クムスナーッ。1度だけ手を握らせておくれ」
クムスンは泣き出しそうな思いをこらえた。その姿を見せまいと部屋を出た。
「どうか1度だけでも・・・」
ヨンオクは号泣した。
廊下に出たクムスンの目からも涙が流れ出していた。
彼女は母の胸に飛び込んでいけなかった自分を悔やんでいた。
ジェヒはクムスンの待つ場所へやってきた。
クムスンはベンチに座り、ひどく落ち込んでいる。駆けつけたジェヒにも気付かない。
ジェヒはクムスンに歩み寄った。
黙って横に腰をおろした。
「ここにいたのか、白菜――家にまで行ったぞ」
クムスンはジェヒを見、前を向いた。
「本当に暇人なのね・・・この病院の医師は遊んでばかりいるの?」
「イケメンだからさ。だから遊んでていい」
「・・・」
「確認したら、奥さんは病室にいるらしいが・・・会ったんだろ?」
「いい勘だ」
「俺にタメ口かよ」
「・・・してますね」
自分の真似されてジェヒは笑う。
「奥様が知った後、最初だろ?」
頷くクムスン。
「何とも言えない妙な気分だろ」
うんうん。
「よく分かるよ。俺も会ったんだ。父親に」
クムスンはジェヒを見る。二人は顔を見合わせる。
「誰にも話したことがないんだ。秘密を守れよ」
「・・・」
「こんな賢い頭脳だが――試験前日に腹をこわして、医大に次席でしか合格できなかった日、突然、叔母が教えてくれたんだ。俺にY染色体を提供した人が医師だと――釜山で開業してると。合格祝いだと言って」
「・・・」
「その時、知った。医大を志願すると言ったら、母さんの表情が複雑でさ。それに相手は俺の存在さえ知らなかった。俺が生まれたことを母は一切話してなかったんだ」
「・・・」
「その時の気分と言ったら・・・本当に――言葉に表せなかった。叔母が憎くなった。聞いてもいないのにその時まで知ってると思ってたんだ。知ってて切り捨てたと憎もうにも、知らないんだからどうするよ。それで1度会いに行った。患者のふりして診療を受けに行ったけど、どこが痛いか、と聞かれ、何もおもいつかなかったから、消化が悪い、と答えたら、俺をベッドに寝かせて、手で腹を強く押してさ。手は・・・温かかった」
「・・・」
「それで下した診断が、ストレス性胃炎だってさ。やぶ医者だよな。昼間から酒を飲んだのか何か酒臭くてさ。年齢より老けてたし、ヒゲも剃らずみすぼらしく・・・でも患者は多くて、評判もよさそうで、ほんと不思議だった。やぶ医者なのに」
「・・・」
「帰りにドアの前で振り返ったら、俺を見て笑ってた」
「・・・」
「本当に妙な気分になってさ――これが血縁の力かと感動しそうになった時、後ろから女子高生が現れて、”パパ”だってさ。恥ずかしかったよ。終わり。それが父と会った最初で最後だ」
クムスンはジェヒをじっと見つめている。
「何だよ? つまらない? 面白くない?」
なおも無言でジェヒを見つめるクムスン。
「おい、白菜」
「先生・・・私がおんぶしてあげようか?」
「・・・」
「得意なのに――あなたがもう少し小さかったらいいのに」
「・・・」
クムスンは微笑んだ。ジェヒのその時の気持ちが分かる気がするからだった。
微笑むクムスンの目から涙が流れ出た。
そんなクムスンに共鳴する自分をジェヒも感じた。さっきのクムスンはあの時の自分を映していたんじゃなかったのか・・・?
クムスンは言った。
「もう遅いわ。行きましょう」
サンダルを履こうとするクムスンをジェヒは制した。
「俺が履かせてやる」
「いいですよ」
「いいから」
ジェヒはクムスンの前にしゃがんだ。ゆっくり丁寧にサンダルを履かせてやった。
ヨンオクはクムスンの言葉を反芻した。
――意見を聞きに来たのではありません。私を捨てる時、私の意見を聞きましたか?
――受けずにどうすると? 遠くに行って――気楽に1人で死ぬと? 意地を張るなら、その時は・・・一生、憎みます。
ヨンオクはベッドをおりた。こうしてはいられないとばかり、準備に取りかかった。どこでもいい。ここからできるだけ遠くへ行ければ、と。
支度を始めたヨンオクのところにキジョンが顔を出した。
「何をしてる?」
「出て行って」ヨンオクは言った。「何しに来たの?」
「なぜ服を着替える? どこへ行くつもりだ。いま動いてはいけないだろ」
「そんなの知らないわ」
ヨンオクはバッグを握った。病室を出ようとする。
「どうしたんだ」
引きとめようとするキジョンを押しのける。
「離して――私、行かないと」
ヨンオクは泣きながら訴える。
「行くんだってば――あなたのせいで、ここにいられない。ここにいたら――クムスンがまたやってきて、手術を受けろというかもしれないから。私の娘にそんなことさせられない。だからここを去らないと」
「クムスンさんが来たの?」
ヨンオクは悲しそうにキジョンを見た。
「その口で私の娘の名前を呼ばないで」
「・・・」
「あなたは人間じゃないわ。人間がどうして――人間なら、そんなことできないわ。あなた、私のためですって? 笑わせないで、あなたは自分しか考えてない。また1人で残されるのが嫌で、1人になるのが怖いからあんなことをしたのよ」
「そうだ。自分がやったのはお前を生かすことだけだ。他は考えてない。すまなかった。俺が悪かった」
「・・・離婚書類を送るから印を押してください。もうあなたと何も話したくないの」
ヨンオクはキジョンの横をすり抜けて行こうとする。
「ダメだ、やめろ」
「私に触らないでよ」
「・・・」
「私の気持ちが――あなたに分かるの? できることなら、あなたを訴えたいくらいよ。私の娘にしたことを・・・」
「訴えろ。好きにしろ。クムスンさんが移植してくれるなら――手術を受けろ」
ヨンオクは両手でキジョンを叩いた。何度も何度も叩いた。
「どうして――どうしてあなたが」
キジョンはヨンオクの腕をつかむ。
「このまま死ぬつもりか! ウンジンはどうする? ウンジンはいいのか?」
ヨンオクの動きはぴたりと止まる。
「あの子も娘だろう。ウンジンは違うのか?」
「・・・」
「分かった。離婚する。離婚するからここにいなさい。生きるためにいるんだ」
「・・・」
「ウンジンを思うなら、ウンジュも娘だと思うなら、ここにいるんだ。あの子たちのためだ。お前の子は3人なんだ」
ヨンオクはキジョンの前で身体を震わせて泣いた。キジョンが出て行った後も泣き続けた。
帰宅したウンジュはウンジンの部屋を覗いた。ウンジンはよく寝ている。
自分の部屋に入ったウンジュは、クムスンの言葉を思い出した。
彼女は好きな人も付き合ってる人もいないと言った。
「それが本当なら、ジェヒさん――あなたに見込みはないわ。こんな時、私は笑うべきなのかしら?」
ジェヒがラーメンを作ろうとしたらミジャが顔を出した。
ジェヒの顔を見ているだけでミジャは幸せそうである。
しかし、息子に対する不満はたくさんある。ウンジュのこともそうだ。
そんな調子じゃいつまで経っても結婚できないわ、とミジャはジェヒにグチをこぼす。だが、ジェヒは笑って相手にしない。母さんはどうして結婚しないの? と矛先を変えてしまう。
「結婚する気はなかったの?」
それにはミジャも困った。
「あら、お湯が沸いたわ」
と話をはぐらかす。
「母さんが作ってくれるの?」
子供がいるのを隠した件でシワンはソンランに弁解しようと必死だった。
「悪いけどこの人と話があるの」
会社に戻ってきたソンランは部下に席を外すように言った。
「はい。今、帰るところでした」
部下が出て行った後、ソンランは訊ねた。
「話して。どうなってるの?」
「まず座ろう」
「早く話して」
「・・・」
「話したと言ったわよね? お義父さまだけに話したと言ったでしょ?」
「言ったよ」
「なのに?」
シワンは両親に話せなかった事情を説明した。父親は会社を辞めた直後で言えなかったし、母親は、いい嫁だと喜んでいたのでやっぱり言えなかった、と。
ソンランはそれを咎めた。両親だけでなく、自分まで騙してた、と言ってシワンを責めた。
シワンはひたすら謝り続けた。
「眠れませんか?」
居間で考え込んでいるジョムスンのところに出てきてスンジャは訊ねた。
「何か食べますか? 腹がすくとよけいに眠れません」
「いいや、大丈夫だ。眠いなら先に寝なさい」
「私はシャワーを浴びて・・・クマが」
そこにクムスンが顔を出した。
「こんばんは」
「今日は来ないと思ったらこんな遅くに」とスンジャ。
「すみません」
クムスンは腰をおろすなりジョムスンに向かって訊ねる。
「おばあちゃん、もう許してくれた?」
「・・・」
「まだ怒ってるの?」
「一日中、あなたの心配ばかりしてたわ」
ジョムスンは黙ってスンジャを睨む。
「おばあちゃん、私を心配してくれてたの?」
「誰が心配するの?」
クマが部屋から出てくる。
「クムスン、来たの?」
「いたの? おばあちゃん」
クムスンは切り出した。
「お話があります」
ジョムスンはちらとクムスンを見る。
「おばあちゃん」クムスンは姿勢を正した。「おばあちゃん――手術を許可してください」
ジョムスンは驚いて顔を上げた。
「何だって?」
スンジャたちも驚いている。
「許可して」
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