マッスルガール第9話(3)
「大丈夫」
みなの不安を吹き飛ばすように舞は力強い声で言い放った。
「こんなのちょっとした怪我だから」
舞はロープを頼って立ち上がった。
「ほら、練習再開するよ」
と他のメンバーを促したまではよかった。だが、歩き出す段になると、膝に鋭い痛みが走る。痛みに耐えて舞は顔を歪めた。
それでも彼女は弱音を吐かない。ファイティングポーズをとってメンバーにかかってくるよう促す。
「ほら、始めるよ。立って! ほら、来いよ。来いって、ほら」
しかし、メンバーは誰ひとりかかっていこうとしない。
「舞・・・」
梓には彼女の気持ちが痛いほど分かる。みなを心配させず、期待に応えようとの思いが強いからなのだ。
舞は手を叩いた。
「ほら、早く!」
舞の負傷した脚は腫れあがっている。
梓はたまりかねて言った。
「舞! リングからおりて」
「何で?」
「おりなさい」
「何いってんだよ。練習が」
「マッスルガールカップ・・・白鳥プロレスの代表選手を変更する」
舞は悲しげな顔になった。
「梓さん・・・!」
「代表は・・・向日葵」
「ええっ!?」
驚く向日葵。
足を引きずり、前に出て舞は反発した。
「急に何いってんだよ」
梓は叫んだ。
「その身体じゃ無理よ」
「何いってんだよ。できるって・・・こんなのどうってことないから。できるって!」
そこへジホが現れた。
舞はリングをおり、右足をかばいケンケンして梓のもとへ詰め寄った。梓の肩に手をかけ必死で訴えた。
「できるって・・・できるから!」
「舞!」
梓は舞の訴えを突き放した。
「・・・この試合、勝たなきゃいけないの。白鳥プロレスの未来がかかってる。今の舞じゃ、勝てない」
「・・・」
「白鳥のためなの」
梓の言葉に舞は落胆した。無念さと悔しさをにじませながら、舞は部屋を出ていった。
出て行く舞を見ようともしない。舞の気持ちが分かるだけに梓としても複雑な心境だった。
外に出てきた舞は一人で嗚咽した。彼女のプライドはズタズタに引き裂かれていた。悔しさと無念さが悲しみを誘発してくる。
舞はマッスルガールカップ杯の案内ポスターに目をやった。肝心な時に役立たない自分を呪いたいほどだ。こみ上げる涙を抑えきれない。
そこへ舞を追ってジホが出てきた。
「舞さん・・・」
舞は振り返る。しかし、ジホと目があったとたん、舞は逃げるように足を引きずって歩き出す。
舞の気持ちを感じ取ったジホは足が動かなかった。黙って彼女を見送るだけだった。
残ったメンバーに梓は指示を出した。
「練習を再開して」
しかし、失意に暮れて出て行った舞が心配で、向日葵らは練習を始める気にならない。
「早く!」
梓は声を荒げた。
向日葵らは力なく頷いた。
「ほな・・・練習するで」
気乗りのしない声で向日葵は二人を促した。
この様子に梓は舞の存在感の大きさをひしひしと感じた。
事務所の部屋に戻った梓は、マッスルガールカップ杯のエントリーシートを手にした。
そこにはすでに白鳥プロレスの代表出場者として魚沼まいの名前が書き込まれている。
エントリーシートを眺めて梓は思案に沈んだ。
舞を完全につぶしたと思っている郷原は上機嫌だった。
「これで白鳥の勝利はなくなった」
「はい」
「魚沼まい以外はしょせん雑魚の集まりだ。ひねりつぶしてやれ。あっはははは・・・!」
白鳥プロレスを飛び出してきた舞は樹木の幹に腰をおろした。トレパンのすそをまくって傷の具合を確かめた。腫れは少しも収まっていない。
彼女は傷ついた脚を叩いた。地団駄踏んだ。わかっていても思うにならない膝がもどかしかった。悔し泣きしながら脚を叩き続けた。
梓は梓で舞の思いを酌めなかった自分を後悔していた。
足を引きずるようにして練習に打ち込む舞に無茶はさせられない。傷はもっと悪化するかもしれない。取り返しがつかなくなるかもしれない。選手の管理責任者としてそれに目をつぶるわけにはいかなかった。
だが、その決断でよかったのかどうかを梓は迷い続けているのだった。
「舞・・・ごめんね・・・!」
心の奥では彼女の意を酌みたい思いも強いのだった。
練習を終えた後、向日葵はメンバー全員で撮って飾った額縁写真にじっと眺めいった。
梓のところにジホがやってきた。
「梓さん・・・」
梓は顔を上げた。
「舞さんのことなんですけど」
「・・・」
「舞さん、試合に出たいと思ってます」
「・・・分かってる」
「どうしても、ダメなんですか?」
「ダメ」
「梓さん・・・!」
「私は・・・舞の身体が心配なの」
「・・・」
「舞の気持ちは痛いほど分かるし、できるなら出させてあげたいと思う」
「・・・」
「でも・・・もし、あの状態で試合に出て、舞の身体に何かあったら・・・一番は舞の身体。たとえここがなくなっても舞が無事なら私はいい」
「梓さん・・・!」
この時、練習場の方から威勢のいい舞の声が聞こえてきた。
「もっと、来い!」
「オラーッ!」
梓は驚いて立ち上がった。