マッスルガール第7話(4)
「もう、梓・・・!」
舞は梓の肩を揺さぶった。
「じれったい! 私が同じことで悩んでたら、梓、絶対いうでっしょ?」
「・・・」
「その気持ちもぜんぶひっくるめてほんとの自分なんだって」
「・・・」
「だから、気持ちは隠しちゃだめ。本心ぶつけなきゃだめだって」
「・・・」
「素直になりゃいいの」
舞はそう言って笑った。
梓は目を落とした。顔をあげ意を決したように口を開いた。
「舞・・・私・・・彼のこと、すっごく好きみたい」
そう言うと晴れやかな表情になった。
彼女の中でジホのいろんな表情が躍動した。
「私は、彼が好き!」
舞は頷いた。
「いいんじゃない」
「行ってくる」
「ちょっ、ちょ」と言いかけて舞は口をつぐんだ。
二人は含み笑いを交わし、梓は充足したように息を吐いた。
その頃、ジホは川原のどてに座り込み、写真に見入りながら母の記憶と残していった言葉を思い返していた。
――いつまでも元気で暮らすのよ。☆母より
ため息をついた時、写真がジホの手から落ちた。それを風が運び去った。
写真の行方を追うと、赤い運動靴がジホの目に飛び込んできた。白い手が写真に伸びる。写真を拾い上げたのは梓だった。
写真を握って梓はジホを見つめた。ジホは空ろな目を返した。
「梓さん・・・!」
梓はジホのそばに立った。
「ずっとジホのこと考えてた・・・。偶然、ジホに会って、レフリーをお願いした時のことから、今日まで」
「・・・」
「あの時から、いつだってジホは私たちを助けてくれた」
ジホは下を向いたまま梓の言葉に耳を傾けている。
梓はしゃがみこんだ。力強い声で言った。
「これは、運命だと思う」
「・・・」
「あたしがジホにスリーパーホールドをかけた時から始まってる」
梓は黙っているジホを見た。
「あたしが、お母さん、必ず見つける」
梓の確信にあふれた言葉にジホは顔をあげた。
「梓さん・・・」
「絶対、見つける!」
梓はジホから目を離さないで続けた。
「だからもう・・・一人で韓国に帰るとか言わないで!」
「・・・」
「帰るなら、お母さんと一緒じゃなきゃ絶対だめ!」
梓の言葉にジホの顔は歪んできた。悲しみや嘆きより、自分と気持ちを共有してくれる人がここにいる、との感激からだった。
低い嗚咽とともにジホは涙を隠すようにしてすすり泣いた。
そんなジホに梓は母親のような優しい声で呼びかけた。
「ジホ・・・!」
するとジホは一層感激をそそられるように泣き声をもらした。
「泣かないで!」
梓はそれを見てジホの後ろに回った。
腕を首にまわしてスリーパーホールドをかけながら叫んだ。
「ほら、上を向いて! 元気出して!」
ジホは梓の腕を取って言った。
「・・・ありがとう、梓さん・・・! ありがとう・・・く、くるしい・・・です」
と技をかけ、苦しむジホの様子をくすくす笑って楽しむ梓。ジホと一緒にいる時間のひとつひとつを大切に過ごしていこうと決心した様子である。
街角に梓たちの元気な声がひびかう。再び彼女の先導でジホの母親探しが始まっている。
舞は訊ねた。
「いいの? これで?」
「うん」
元気に答える梓。
「これでいい。決めたの。大事な人だから、その人の一番の幸せを願おうって」
「そう」
「だからあたしはこれでいいの」
そう言って梓は握りこぶしを作った。よし、と叫んで駆け出していった。彼女の背中に温かな眼差しを送る舞。
「よろしくお願いしま~す」
梓はジホのそばに走り寄った。二人は目と目を見交わし、うなずき合った。
「この人、探してま~す」
「僕の大事なお母さんなんです。よろしくお願いします」
そして買い物帰りの梓。
「ごめん、もうちょっとかかりそうなの。よろしく」
舞たちに電話を入れ終わり、ふと前方に向き直った時、横を通り過ぎた女性に梓はひらめくものを覚えた。
彼女ははっとして足を止めた。振り返った。
その背に向けて思わず呼びかけていた。
「スンジャさん・・・?」
相手の女性は二三歩歩いたところで立ち止まった。怪訝そうに振り返った。
梓はその女性に走り寄った。
「イ・スンジャさんですか?」
「ええ。そうです。どこかで?」
梓は女性をじっと見つめた。
この人だ。やっと見つけた。
感激を抑えて梓は口を開いた。
「あの・・・私・・・!」