チョルスと別れ、アンナはヴィラ棟へ戻ってきた。
「そうよ。私はぜんぶ忘れてしまうわ」
アンナもまた自分に言い聞かせていた。
「アメリカに戻って以前のように暮らしていけばいいんだ」
胸を張ろうとした時、足が躓いた。敷石のへりにハイヒールのピンが食い込んだのだ。アンナは舌打ちした。あやうく足をくじくところだった。
アンナは靴を外し取った。
「不吉だわ。消えて!」
投げ捨てようとして思いとどまった。靴を見た。
「いいえ。久しぶりに履いたせいよ。慣れていかなきゃ」
履きなおす。
足を引きずりながら歩き出す。足首の痛みに思わず呻いた。
「痛いわ。ズキズキする」
アンナは医務室に向かった。
ドアを開くとスタッフは酒を飲みながらゲームに興じている。
彼らはあわてて立ち上がった。その場に固まった。
「奥様」
「湿布はある?」
「えっ? は、はい」
一人が薬を取りに行った。
アンナは別に怒るでもなくスタッフを見やった。みんな恐縮して目を落とした。
アンナはテーブルに目をやった。
花札をやっていたらしい。アンナはテーブルの上にあるマッコリに目を留めた。
湿布を取りに行ったスタッフが戻ってくる。
「すみません。勤務が終わったので息抜きについこれを…」
「マッコリね。やめなきゃいけないんだけど」
一人がびっくりして答えた。
「はい、やめます」
みなはあわててテーブルの上を片付けだす。医務員がアンナに湿布を差し出す。
「持ってきました」
湿布を受け取り、アンナはちらとマッコリに目をやった。それから背を返した。
スタッフらはほっと胸を撫で下ろす。
しかし、アンナは足を止める。彼らの方を向き直る。
スタッフは再び萎縮するが、アンナの目はマッコリに向けられた。
「マッコリはみんな飲んだの?」
「はい、すぐ片付けます」
「もう、残ってないの?」
「はい?」
アンナはマッコリのご相伴に預かった。
紙コップの一杯を飲み干すと満足そうにして言った。
「憂うつな時に飲むとやっぱり最高ね。もう一杯、お願い」
スタッフはお代わりを注ごうとするが、中身は尽きている。
「終わってしまいました」
アンナはがっかりして訊ねた。
「これでおしまいなの?」
一人が恐縮しながら切り出す。
「ここにあります」
テーブルの下に手を伸ばす。ダンボールを引き出すとそこに何本かマッコリが収まっている。
アンナは嬉しそうに口もとを曲げた。
「マッコリ代は私が払うわ」
アンナがマッコリを持ったり抱え込んだりしているのを見て一人が吹き出しそうにした。
彼女を見てアンナは言った。
「そうね。持ち歩くのは格好悪いわ。ここで飲むわ」
アンナの気心を知って一人が切り出す。
「あの~、キムチを持ってきましょうか?」
「気が利くわね。持ってきて。このコップは最悪ね。どんぶりでも持ってきて」
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