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月が出ていた。朝方に降った雨はとっくにあがり、路面はどこも乾いている。車が遠くに走る高速道の下をくぐり、東京湾に注ぐ川を渡ってすぐの場所、線路のそばに居酒屋はある。
背後は住宅地だが、正面の道路は鉄道の上を渡る陸橋となり、車がひっきりなしに行き交う。
耕三と歩いてきて居酒屋の前に立った。飲もう、と誘ってきたのは耕三の方だった。
古ぼけた看板と野暮ったい照明の店だった。しかし客は入っていると聞く。店の前には二台の車がライトを消され、電源を止められたロボットのようにじっとしていた。
店の門をくぐると景気のいい声が店内で響いた。
店は六分の入りだった。奥の四人がけのテーブルに向き合って座った。オーダーを取って店員は引き下がった。
「一週間前、横浜の真子姉さん宅に泊まった話をしただろ」
「友人たちと静岡へドライブに行った帰りに立ち寄ったんだったな」
「姉さん宅のそばでおろしてもらった時、ダチの車に携帯忘れたんだ。気がついたのは姉さんの家でくつろいでだいぶ経ってからだった。気付いて電話入れた時、ダチは家に帰り着いてた。高速をおりる前、女性から電話があったって話をダチはした。携帯が鳴って俺が携帯忘れたのに気付いたらしい。後部席に乗ってた一人が携帯に出たんだ」
「よくある話だ。タクシーなら落としてそのままになってしまうところだったな。下手なやつに拾われたらとんでもない使われ方をされ、支払いに困るところだった」
僕は相槌を入れる。
「それはまあいいんだけど…彼女の方は妙な話なんだ」
「妙って何が?」
「電話をかけてきたのは何とか久美子って名乗ったらしいけど、俺の知らない人だったんだ」
「間違い電話だったんだろう」
注文の品が運ばれてきて話を中断する。ビールを飲み、つまみを食べて弟は話を続ける。
「国民の大半が携帯持つ時代だし普通はまあそうだね。それだけですんだらただの間違い電話だ。たまたまプッシュした電話番号が自分の携帯につながったってね。ところが今回のはそうじゃなかった。話には続きがある。運命のいたずらに遭ったみたいにさ」
「運命のいたずら?」
僕は思わず吹きだしそうになる。ラブコメのタイトルみたいな物言いだからだ。弟は時々、真面目な顔でこんな物言いをする。
「笑い事じゃないんだ」
弟の真剣口調に笑みを引っ込める。
「突然の話になるけど、俺、千葉に越してきたんだ。江戸川の川沿いを見慣れた俺には小岩もいいんだが、兄弟の住む千葉の方がもっといいと思ってね。だから越してきた。おとといは恭子姉さんの家に顔出してきたし、三日前には父さんたちの墓参りもすませてきた。それで今日は英一兄さんのところに顔を出した。明日から仕事に戻ろうって思ってる」
「面倒を一番見た兄貴のところは最後ってわけか…」
わざといじけて見せると弟はちょっと歯を覗かせた。
「その人の話に戻るけど、こっちに越してきたのは五日前だった。御弓台のコーポなんだ。二階の部屋なんだけど、運送屋に荷物を運び込んでもらってる時だった。隣の部屋から顔出した女とふと目が合った。若い女で向こうが頭を下げたからこっちも頭を下げた。その時はそれですんだんだけど、運送屋が引き揚げた後、外へ出かけて帰ってきたらまたもその女と顔を合わせた。小柄な身体に似合ったかわいい顔立ちの女性だった。今度はこっちが先に会釈して通り過ぎた。でも何か気になるんで、数歩歩いたところで彼女を振り返ったんだ。そしたら驚いたことに彼女は俺の方をじっと見つめていた。バツが悪くなって彼女にもう一度会釈したよ」
僕は呆れて訊ねた。
「その女が何とか久美子だったというのか? 何だか出来の悪い怪談話みたいだな」
「でも、ほんとなんだ。後で彼女の郵便ポストを覗いたら篠崎久美子となってた。年齢的には二十歳をちょっと出たってところかな」
「間違い電話のことは確かめたのか?」
「いや、確かめてない。ストーカーみたいに思われても仕方なかったから。だけど…」
「ストーカーの可能性があるのは彼女の方だろ。自分の電話番号言って確かめるくらいはしてもいいんじゃないのか」
自分の話を聞いていたのか、弟は反応しない。じっと空になったビールグラスを見つめだしている。
僕はそこにビールを注いでやった。弟は注がれたビールをじっと見つめている。
「電話番号を言ってさ」
弟は顔を上げた。
「兄さん!」
自分の問いかけには答えず切迫した表情で言った。
「運命って何なんだろう…? 昨日だけど東京に出向いた帰りにコーポの出入り口でばったり顔を合わせた。コーポの前だからそのこと事態は珍しくないんだけど、ふだんの挨拶を交わした後、中に入ろうとする俺に彼女が訊ねてきたよ」
「何と言って訊ねてきたんだ?」
「私たちどこかで会ったことなかったですか、ってさ」
「…」
「俺はしばらくその場を動けなかったよ」
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