日日不穏日記gooブログ版

魯迅は「水に落ちた犬は打たねばならない」と説いた

 一昨日触れたニュースに関していくつか補足を。【尼崎脱線事故:明らかとなるJR西日本の体質】「目上の人に言いづらかった」「分割・民営化時に、厳しい合理化を図り、経営を安定させた過程で権力をトップに集中させたため、社内の風通しが悪くなったとの声も内部からされる。社員からの意見は、スピードアップや人員・コストの削減などに関するものは採用されても、経営方針に抵触する意見はまず取り上げられないという」←体質問題、構造問題があるんだろうし、これだけ連日ボロが出て来るんだからJR西日本がいくら叩かれても仕方ないとは思うんだよ。勝谷誠彦さんは7日の日記で「現に私に入っていている情報ではJR西日本は18日に松江で「全国販促会議」という呑めや歌えやの大宴会を予定している。正気の招かれている側が「中止でしょう」と言っているのに未だその動きはなし。「幹部が大阪に行っているので判断できない」そうだ」という記述もあるし。ただ、「JR西日本が外道なのは言を待たないが水に落ちた狗を叩く時の記者クラブの皆さんは勢いがいいなあ(中略)クラブを通じてJRの連中とズブズブだった記者どもがこうした体質を知らなかったはずはないのだ」(8日の日記)ということを多少は知ってればさ、あの追及振りに胡散臭さを感じるのはオレだけじゃないだろう。JRも組合もマスコミもみんな同じ穴のムジナなのさ。佐藤正志さん は「記者は事故の当事者でもないのに国民の代表だと勘違いしてないか」と書き、Elwood 覚書には「ヘタをすると本来遺族のものである怒りを記者が横取りし、遺族や被害者が願っても無い方向に持っていってしまう可能性もあるからです」と書いてある。失敗の原因を究明するのと違って感情を煽って扇動するのって実は簡単なこと。事件起こしてない大企業の問題点を糾すには相当な取材の裏づけが必要なわけだろう?今は叩き放題だから、(大した取材しなくても)言いたい放題言えるってわけさ。今に(遺族との交渉当事者である)JR幹部の自殺とか、宴会・交流会の自粛とか、日本的な反応が出てきかねない気がする。そんなの事件の解決にとって何の意味もないね。【10天皇陵の指定、昭和10~30年代に見直しを検討】「陵墓の指定は大部分が幕末から明治初期にかけて行われ、現在もほとんどが当時のまま踏襲されている。しかし、戦後の学問の進歩によって、指定が間違っていることがはっきりしたケースでも、同庁は指定の変更を一切行っておらず、過去に見直しが検討されたことがある事実も公表してこなかった」←戦前ですら、天皇陵の見直しという意見が出るほど指定が杜撰だったってことだろうけど、宮内庁のホームページ見たら、とても実在してるとは思えない神武天皇以下の天皇陵が堂々と載ってる。本気で考古学調査やったら、朝鮮半島との歴史で都合の悪い部分が出て来るとか色々思惑があるのかもしれないけどさ、違う墳墓であったら、それこそ「不敬」ではないか!そういえば、10年以上前に『天皇陵を発掘せよ!』って本が出ていたのを今になって思い出した。

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