故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

2020-01-09 15:03:30 | よもやま話


「果てなき乙女心」
還暦の同級会で、あなたに会った。
どこの高校に行ったのと聞かれた。
高校一年の時は、同じクラスだったのに。

「気になる奴」
初めてあなたを意識したのは大学生の頃。
ミニスカートから健やかに伸びた脚がまともに見られなかった。

「こんな日が来るんだね」
長い長い別々の道を歩いた。
ライバルに負けまいと、還暦の同窓会後一生懸命に口説いた。
ライバルはいなかった。

「おはよ」
故郷を出てきたと、東京の私のアパートにやって来た。
60過ぎの再婚は、家族が減る気になる。
それぞれの家を出た。

「笑顔で励まされ」
一人より二人がよい。

「夫唱婦随」
「夫」と「婦」は、今やどっちでもよい。

「人生の最期」
どの節目が最期なのか、わからない。
出会いと別れはあるものの、心ではいつも出会えるね。


長いアプローチでした。
今日のテーマは、「花」です。
私達の生活に花はかかせない。
泣く時も笑う時も花がある。

(今日の一句はお休みです)

2020年1月9日
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妻に代わって

2020-01-08 07:07:55 | よもやま話

死ぬ前に描いたものですから、家族のひんしゅくを買いました。
飼い犬ジンは、家族のランク付けができていました。
ところが、孫娘の成長についていけず、リードをひかれるようになって戸惑っていました。


年賀状の返信を昨日済ませた。
送る人にあわせて、添付する風景画をアレンジした。
妻の返信ハガキと合わせて、郵便局でポストに投函した。
今日のテーマは、「妻に代わって」です。

妻が風邪をひいた。
私になにができるだろうか。
体温を計ろうにも、体温計は電池切れだった。
風邪薬も買ってきて欲しいと頼まれた。
体温計の電池を調べ、風邪の症状を聞きドラッグストアーへ行く。
広い店内のどこに何が売っているのかさえ検討がつかない。
風邪の初期症状を緩和するドリンクタイプの薬を買う。
何日か続くとしたらと考え、5日分の錠剤を買う。
お腹に入るものと、妻が好きなお菓子を買う。
これで一時間を要した。

ブログも書けない状態で、鬱々とした日を過ごしている。
かみさんが亡くなった時のことを思い出した。
葬式を済ませてもやることが多かった。保険証書の場所は、そしてどこへ連絡をする。
水光熱費の支払いは、どうする。通帳はどこに保管している。
困ったのは、家族とのコミュニケーションであった。すべてかみさんを通して話していたから。
なにもできない長い一日が、数か月続いた。

今も感じる。
数年、妻と暮らしている。
妻が病気になったら、私は何ができるか考えている。
掃除、炊事、洗濯、各種支払いはできるだろう。
料理も聞きながらなら、できるだろう。
自分の身の周りのことだって妻に頼っている。
妻に代わって何ができるか。さらに、妻の介護も加わるのである。
妻の代わりに、カフェでの接客や近所付き合いもしなければならない。

主婦は、スーパーに行って食材の研究をしている。安売りの食材だけを見ているわけではない。
カフェで出すメニューに必要な食材を買いに来ている。
目的外の食材を見て、即時メニューが変更になる。
私はそばにいて、驚くばかりでイライラもした。
車で待っている男の人の気持ちが分かる。
この頃は、妻の選択(変更も)を見るようにしている。
どうしてそうなるのか分かる気がする。料理のアレンジを見直しているのである。

風呂も沸かせない。炊飯器のスイッチも入れられない。電子レンジで温めることもできない。
どこに何が収納されているのか、知る由もない。通帳もハンコの置き場所も知らない。
近所づきあいも、息子の嫁とも会話ができない。
こんな男の話を聞いたことがある。
介護以前の問題である。

女だって同様のことがいえる。
旦那が病気になると、収入が減るか無くなる。
離婚の時は、覚悟の上だから事前準備はするだろう。
さて、困った。

時が解決するとは言うものの、きっと鬱になるような恐怖がある。
妻に代わってできるものは限られている。ほとんどできないとも言ってよい。
問題は、やる気になれるかである。それだけの愛情を持っているか問われるのである。
息子は、私のことであればさっさと施設に入れると思う。
片方が風邪をひいたら、残った方は風邪などひいてられないのである。
風邪をひいた方が治ってから、自分もひいてよいのかなと数日休暇代わりに寝るのである。

どちらかが先である。
残ったものは、辛いことだろう。
女の人は、たががとれたように活き活きするとも聞いた。
生活全般ができる女性の方が強いのである。
心配事が一つ減ったとでも言いそうな気がする。
どちらにしろ、何でも話せる人が一人減るのであるから寂しいことではある。
しかし、すぐにとはいかない。長い闘病生活が待っている。
私は耐えられるか心配である。
一気に行くことはないだろうから、徐々に練習の真似事期間があると信じている。
妻のどこにほくろがあったのか見ていないし、関心がない。
これではいけない。変化に気づくよう妻の似顔絵を描くとするか。

妻の絵に 俺しか知らぬ 怒るなよ

2020年1月8日
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心の闇

2020-01-03 12:03:07 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「ゴッドマザー」です。
おばさんが、かみさんに似ていると送ってくれた置き物です。


今日のテーマは、「心の闇」です。
敢えて、プロジェクトエンジニアーのカテゴリーに入れます。

元旦から、鴨を2羽捌いた。私が入れるくらいの穴を掘ってから始めた。
ダウン(鴨の毛)が風で舞うのを防ぐためである。
手が悴むので火を熾すことにした。
伐った木と畑で出た植物のつるを焼いた。
二日目は、義兄が残したものを片づけに行き、
二人ともインフルエンザで寝込んだ子供たちの陣中見舞いをした。
帰り路、かをりのレーズンサンドを土産に買った。
先輩を訪ね、家に着いたら夜8時前でした。朝5時に出て、550Kmを運転したことになる。

さて、ブログを書けなかった言い訳はこれくらいにしておこう。
刑務所を出て更生の道を歩み始める。
うまくいかず、同じような罪を犯してまた塀の中に戻ってしまう。
ドキュメンタリーでは、「過去の罪」を忘れない日々を送ることで強く生きられる、
すなはち地道に更生の道を生きていけると伝えていた。

私達の暮らしでも、あの事が無かったら、あの時こうしていたらと思うことは多い。
私も同じである。この地で生きていけるのも過去があるからである。
消しゴムで簡単に消せない「心の闇」について掘り下げたい。

守りに入って、負けたアスリートも多い。
アスリートは、常に挑戦することが求められている。
「心の闇」を語るのは、その人である。
他人が、語ることではないし、真相は語れない。
ただ、「心の闇」に蓋をすることはしたくない。
できなかった自分を忘れてはならない。
他人は忘れても、自ら語らなくても、自分の中で隠してはいけない。
犯した罪と向き合うために何かをする。
毎日、仏前で手を合わせるのもそうした真摯な心構えではないだろうか。
罪を許すのは、他人である。自分ではない。

でも、これでは厳しすぎる。
そうするしかなかったのである。
ロシアからの引き上げ船で、ある人が甲板から船底に落ちて亡くなった。
亡くなった人は、同胞を売って生きてきた人だった。
かつてパワハラをした上司も、すがるように部下へ再雇用を頼むしかない。
恐ろしい現実である。

私達は。「心の闇」と向き合うことで救われる。
昨日できたことだって、今日もできるとは限らない。
まずは、昨日と同じことをすることから始まる今日である。
明日のことは、わからない。

結婚は 家族が減って また増える

2020年1月3日
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書いた記事は覚えている

2020-01-01 02:13:19 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「ジン君ランク」です。
飼っていた犬の名が、ジンでした。
犬は、飼われている家族のランク付けが達者でした。
子供の成長の速さには、戸惑っていたようでした。


新しい年になりました。
昨年(2019年)、仕事を退職しカフェ一本の仕事となりました。
経済的には苦しくなりました。
気になっていること(片づけ、畑仕事、草刈・剪定、遊び、妻との意思疎通)ができるようになりました。
自分の置かれている状況が、より鮮明に把握できました。

今日のテーマは、「書いた記事は覚えている」です。
聞いた話は忘れるが、書いたものは忘れない。
書く時、なぜこのタイトルの記事を書こうとしたのか考えます。
掘り下げると、何故書きたかったのか。
書くために、自らを分析し思考の道筋をつけます。
起承転結とはいかぬまでも、頭の整理にはなります。

似顔絵を描くのは、会ってくださった人の顔を覚えるためでした。
「描いて」に応えるようになってから、描く枚数は激減した。
どんなことにも、理由がある。
書くのも理由がある。だから、続くと思う。

ブログを書くようになってから、話に幅ができた。
どんな話題にもついていけるようになった。
興味が広がった。
人と話していても、整理をつけた考えが思い出され、おさらいができるようになった。
つまり、引き出しが増えた。

気持ちが悪いもやもやは何なのか。
毎日、整理をつけられる。気持ちが落ち着くようになった。

もっと良いことがあった。
話を聞くことが苦痛ではなくなった。
話す人の興味がどこにあるか推測できるようになった。
書くことで、人の話を鵜呑みすることが減り、自分の思考回路を通過させられるようになった。
それは、さらに人に興味を抱かせることになり、
日々変化する表情、心情を読み取ることにつながった。

日記もそれなりの効果はある。でも、覚えることにはつながらない。
あったことを書きとどめるだけでは続かない。掘り下げるのである。
タイトルを決めて書くことは、脳の活性化になると実感できる。
年月を越えて、身体と脳が覚えていることが、書くことでつながる。
書くために、少しでも考える。それは、料理の仕上げの味付けです。
繰り返すことで、脳に摺りこまれる。

覚えることが段々とできなくなった。
これまでの素材をデータ化(記憶)し、場面に応じてつなげることが不得意になった。
能力低下を補助する工夫が書くことであった。新たな味付けをすることで新鮮な記憶となった。
タイトル通りの「書いた記事は覚えている」になるような気がする。
書くことは、五感を使う。
キーをたたき音を聞く、表れる字を目で見て判断し、そうかなと鼻を鳴らす。
最後は、指が覚えてくれる。勝手な想像です。

鴨撃ちも 山芋堀も あげたがる 

2020年1月1日
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