須庭寺のことみさんが心配していた。
「あのバカが、一番最初にウィルスを拾ってくるに違いない」
と。バカとはもちろん、副住職さまのことだ。
なんて言っても、一冬に種類の違うインフルにかかるような奴だから、今回の新型もって周囲は頭を悩ませているらしい。
ことみさんは、副住職さんとは数か月前に、やっと他人になることができてほっとしているんだが、副住職であることには違いないので、通いを須庭寺でもやめさせていない。最大の檀家である藤川家の分家の長男だからね、無碍にもできない。が、実際分家の当主はお姉さんだ。
で、寺の庫裏から入ってくる人たちのために健康表なるものが置いてあり、記入しないと入れない。体温がわからないとはからされる。
「息子が小学校に入る前だからな。対策とらんと」
と、一人息子を亡くしている住職様は慎重だ。
長いこと部屋にこもっていた俺たちは、本堂の掃除でもしようかと遊びに来て、強風と雨の中、扉を開けっぱなしの状態で仏像を磨いていた。
「ちゃんとやらんと、百合絵さんの手作りクッキーをやらんぞ」
偉そうな副住職さんの顔は赤いし、目もうつろだ。
「あんた、熱あんだろ」
医学部生のたかのりは、マスクの上から手ぬぐいをさらに巻き付け、雑巾で拭いた手で副住職さんの額に手を乗せようとして、
「なあにをするかああああああ」
と副住職さんに手を払いのけられた瞬間に、ラグビーの癖ですぐさまタックル返しをしてしまった。
「あ」
副住職様はあっけなく倒れてしまい、ひ~ひ~とうなっている。
「熱あったんかよ~」
「気管支がひいひいいってそうな気がする」
「肺炎か?」
「ええええ?」
騒ぎを聞きつけて百合絵さまたちがやってきて、副住職さまをみるなり、
「あらま」
と一応心配するような態度をしたが、廊下に蹴りだしてしまった。
「あとで、アルコール消毒してね」
元妻のことみさんは無慈悲にいい、去っていく救急車に向かって、
「二度と帰ってくんな」
とつぶやいたとさ。
で、副住職さまは、ただのインフルエンザだった。
「今頃?」
「らしいねえ」
と俺らが笑っているときに、住職さまは本気で、山奥の寺に追いだそうかと考えていたらしい。
この話で、これだけイメージが崩れ去った人も珍しい。
細太郎でした。
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