あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ヤマトダマシイ

2024-11-30 | 
最初にその男の噂を聞いたのはもう半年も前になるか、秋が深まり冬が始まる前のことだった。
町のマーケットでブロークンリバーのマネージャーのレオにばったり会い、今年は日本人のスタッフがいるぞと聞いた。
へえ、どんなヤツなんだろうと思い、スキーシーズンが始まった。
シーズン中は何かと忙しく、なかなかブロークンリバーへ行く機会がなかったが8月も終わり頃にやっと自分の時間が持てた。
昔からの仲間のカズヤと娘の友達のヤサと3人で、雪が降ったばかりのスキー場へ行った。
雪が降ると山道の除雪をしなくてはならなのだが、その山道が今までにないぐらい綺麗なのである。
駐車場の除雪もビシッと行き届いていて気持ちが良い。
後から知ったことだが、それが彼の仕事だったのだ。
その日は彼は街へ降りる日だったので山では会えずじまい。
会う時には簡単に会うし、会えない時にはどうやっても会えない、人のご縁とはそうやってできているものだろう。

9月の半ばにブロークンリバーでバーベキュー大会と自家製ビール大会というのがあり、僕は毎回出場している。
大会と言っても出るのは数人だが、皆で競い合い上手い物を食おうというものだ。
結果から言うと、豚肉の手前味噌漬け焼きキャベツ添えを出して、僕は見事今年のチャンピオンとなった。
その時に初めてヤマトに会った。
漢字で書くと大和だがカタカナで書くとヤマト、僕の世代だと宇宙戦艦ヤマトを思い浮かべてしまうがそれはそれでかっこいい。
それまでは弟子達や娘がブロークンリバーに行きヤマトに会った話を聞いていたが、会えるべきタイミングでやっと会えた。
バーベキューとビールをご馳走して彼の話を聞き、僕は一発でこの若者に惚れ込んでしまった。
何と言っても目が生き生きしている。
実力と行動力を兼ね備えた男の顔だ。
面白いのはヤマトが今までブロークンリバーに来たどの日本人ともタイプが違うことである。
スキークラブのメンバーを20年もやっていれば、ここで働いた日本人とは全て繋がっている。
みんなスキーをしたくてニュージーランドにやってきて、ブロークンリバーが好きになり何かのご縁で働いたりした。
そういった若者が今まで10人ぐらいいただろうか、共通点はスキーやボードに夢中な所だ。
ところがヤマトはスキー場で重機のオペをしたくて応募して採用された。
スキーで滑ることが第一目的ではなく、スキー場で働くことが目的なので自分のスキー板も持っていないが、そこはそれ何とかなってしまうのがこの業界。
「スキーがないって、じゃあスキー板を使え、何だボードもするのか、じゃあこのボードを使え」という具合である。
しかもワーホリで初めてニュージーランドに来て、クラブフィールドの事も何も分からないままブロークンリバーで働いた、荒唐無稽というか波乱万丈というのか、とにかく面白いヤツである。
聞くと中卒であちこちで働いて、土木関係の仕事も長く経験し重機の運転もでき、ガーラ湯沢でスキーパトロールの経験もある。
中身が無く実力も無いが口先だけは上手い若者が多い昨今だが、実力のある人間の言葉には重みがある。
一言で言えば職人気質なのだろう、仕事をきちっとやるから周りにも認められる。
雪が降った時の除雪だって、ただ機械を運転すればいいってもんじゃない。
原生林の中を通る山道なので、雪がふると気が倒れ道をふさいでしまうこともよくある。
誰も人がいない真っ暗な山の中でチェーンソーや斧で木をぶった切り倒木を片付け車が通れるようにして、機械を操縦して除雪をする。
そういった人知れずの苦労あっての事なのだ。
スタッフもそれが分かっているからチームの一員として認められる。
僕は除雪の丁寧さを褒めに褒めたが、本人はまだまだ納得がいかないようであった。
やはりヤツは職人なんだな。



スキーシーズンが終わりスキー場の片付けなどの仕事を終えてヤマトも山から下りてきた。
一度うちに遊びに来いよ、という事で娘経由でメッセージをやりとりして、我が家に遊びに来たのが10月の初旬。
この後はオーストラリアへ行くのだが、クライストチャーチを出るまで1週間ぐらいあると言う。
「それならうちに滞在しろよ。俺も今は仕事もないし」「えー、いいんですか?」「もちろん」
そんな具合で我が家に転がり込んだ。
たまたま女房が日本に帰っていた時で、僕と娘とヤマトの3人で面白おかしく楽しい時を過ごした。
ビールが好きでお酒が好きというので一緒に飲むわけだが、とにかく話が噛み合う。
先ずはブロークンリバーで1シーズンを過ごしたというところからして話が早い。
クラブのメンバーの誰それが何をしてというような噂話もできるし、スキー場運営の裏話もできる。
さらに土木や建築の仕事をしていたので、そういう方面での話も合う。
何よりも僕がよーそこの若いのに言う「自分が出来る事やるべき事をやりなさい」「恩返しをするのでなく恩送りをせよ」というような事を自分から言う。
確かにブロークンリバーでもヤマトは自分が出来る事をやってきて、現在がある。
こういう生きのいい若者がいると無条件で応援してしまいたくなる。
学歴は中卒だが、人生の経験値がずば抜けていてそんじょそこらの若者とは比べものにならない。
僕も高卒で色々な仕事を経験してきた、学歴よりも職歴という人間である。
学校教育という物を否定するわけではないが、人間は学ぶという事を学校だけでするという考え方から脱却するべきだ。
学校で学ぶ事ももちろん大切だが、若い時に仕事を現場で学ぶことも同等に重要視すべきだ。
現場を知らない人が机上で練った案が使い物にならないというようなことは、この世の中にはそれこそ星の数ほどある。
こんな若者のために自分ができることとは、美味い物を腹一杯食わせ酒を飲ませるぐらいのものだ。

季節はちょうど春ということでアカロアへ一緒に行き山歩きをしてワカメ漁もした。
ヤマトの出身は岐阜県で太平洋へも日本海へも車で数時間かかる。
だからなのだろう、海を見るとテンション爆上がりなんだそうな。
先日やった仕事で中国人の留学生をワイナリーに連れていく物があったが、彼らのリクエストに応えてビーチに連れて行った。
こちらでは何の変哲もないビーチなのだが、海からはるか彼方に住む彼らには最高のご馳走であり、そのはしゃぎっぷりはすごかった。
これは自転車で行ける距離に海がある土地に育った自分には、頭で理解できても感覚では永久にわからないものだ。



ワカメ漁は以前からやりたいなと思っていて、ダニーデンに住む友達に話は聞いていたが、やっとクライストチャーチ近辺で簡単に取れる場所を見つけた。
仕事の合間に試しに取ってみて、家に帰り食ってみたらこれが美味かった。
引き潮の時に行けば足を濡らすぐらいで取れる。
ニュージーランドでは魚介類の採取の制限はあるが、ワカメについては何もないようである。
そもそも外来種であり、タダでいくらでも取っていけ状態なのだ。
これは誰も食わないということなんだろう、実際に海藻を食う話はあまり聞かない。
ある説によれば日本人は海藻を分解するDNAがあるのか高いのか、要は海藻を食う能力が高い選ばれし民族なのである。
人間が食い切れなかったらニワトリが喜んで食うし庭の肥料にもなる。
自給自足を目指す身としては、それ以前の狩猟採取という思考と行動は外せない。
ヤマトと二人で10分ぐらい漁をして、これでもかというぐらい大量に取った。
家に戻り下処理作業、茎と葉っぱに分け軽く茹でる。
ワカメは熱湯に通すと見事に緑色に変わる、それを半分は干して半分は塩漬けにした。
もちろんその晩から数日間の食卓はワカメづくしだ。
ヤマトが自分で言う特技だが、出された物を旨そうに食うことだと。
確かに何を出してもバクバクと旨そうに喰らう。
そういう姿を見るとこちらも嬉しくなって、さあこれを食え、次はこれだと色々出してしまう。
豪快に物を食うというのは若者の特権だな。



ヤマトの滞在期間、女房は日本に行っていた。その女房殿からドライブウェイの草むしりをやってくれという指令が来た。
ヤマトに任せてたらきっと丁寧にきれいにやってくれるんだろう。
実際に庭の芝刈りを任せたらとてもきれいに丁寧にやってくれた。
早いけど仕事が雑なトモヤとはえらい違いだ。
雑草取りでチマチマとやるならいっその事、雑草を一掃して生えてこないようにすればどうか。
庭のドライブウェイは過去にコンクリート舗装をやってきて、最後のセクションが雑草まみれになっている。

土木工事1
土木工事2
土木工事3
土方



そこはいつも女房が雑草取りをして、悩みの種だ。
ヤマトに庭のコンクリート舗装を見せ、今までの経緯を説明した。
ヤマトは長いこと土木に従事してきたのでコンクリート打ちの経験ももちろんある。
素人ながらにやってきた現場を見せたらすぐに納得して、細かい話になった。
二人で土を削る段取りやコンクリートの厚さや鉄筋の手配やあれこれ相談をして天気も安定していてこれなら行ける、ということになり急遽作業が始まった。
ドライブウェイコンクリート舗装計画第4弾、コードネームは『メデューサの道』
先ずは下地作りから。ヤマトが土を削り僕が一輪車でせっせと裏庭へ運ぶ。
今回は枠を作らずレンガを並べてそこにコンクリートを流し込む。
ヤマトが土を削りレンガを並べ、僕が鉄筋を買ってきて準備が整った。
やはり二人でやると作業が早い、僕が一人でチマチマやったら2週間ぐらいかかるだろう。
体積を計算して天気の良い日を選びコンクリートを手配して、コンクリートを均す道具のレンタルなどの段取りが済んだ。
当日の朝にコンクリートミキサー車が来て作業開始。
過去数回の経験でなんとなく段取りは分かっているが、今回はヤマトがいるので彼の指示に従い作業を進める。
1時間半ぐらいでコンクリートを流し込んでミキサー車には帰ってもらい、後は自分たちで均して仕上げる。
均しと仕上げは完全にヤマトに任せて、僕は残ったコンクリートの処理や道具の洗浄など。
コンクリートは乾くと固まってこびりつくので、使った道具はすぐに水で洗わねばならない。
前回までは自分で決断して行動して家族や友人に手伝ってもらってやったが、今回は裏方に専念できた。
自分もコンクリート打ちの経験はあるが所詮はシロートであり、そこは経験豊富な強力助っ人ヤマトのおかげでスムーズに仕事がはかどった。
最後に娘の手形と日付をいれて終了だが、これまた記念にヤマトにも自分の名前を入れてもらった。
道具を全て洗ってレンタルの道具を返却して、夕方までに作業終了。
その後は完成したコンクリート舗装をニヤニヤ眺めながらビールで乾杯である。言うまでもなく美味い。



そんな事をやっていると1週間があっという間に過ぎる。
ヤマトはこの後オーストラリアに渡り鉱山で重機オペの仕事を探すと言う。
ただでさえ時給の高いオーストラリアで重機オペなんてものすごく稼ぐのだろうな。
ただし奴の真の目的は金を稼ぐ事ではない。
確かに金は無いより有る方が良いのだが、それよりも色々な経験をしてみたい、自分が得意な重機を操縦したいという明確なビジョンを持っている。
だからニュージーランドのブロークンリバーという特殊な場所で、彼の人生において忘れることのできないような貴重な経験をした。
雪が無い時は他のスタッフと一緒に西海岸へ行ってロッククライミングをしたりトレッキングをしたと言う。
スタッフにアウトドアの先生なのかその卵なのか、とにかくそういう人がいて、話を聞くだけで羨ましくなるような経験をした。
シーズン中は自分が出来ることをきっちりとやり、日本人として恥ずかしくないどころか誇りになるような仕事をした。
さすがヤマト、その名もヤマト、日本が大好きな堂々たる大和男児だ。
狭いコミュニティの中で日本人という存在を意識しないことはない。
今までブロークンリバーで働いた数々の日本人を思い浮かべても、みんなよくやってきた。
そういうところに日本人の評判というものが出来ていくのだろう、たとえそれが小さく狭い社会だとしてもだ。
アフガニスタンで亡くなった中村哲先生の言葉『一隅を照らす』とはそういうことだ。



彼のお母さんが僕と同世代で昔ニュージーランドにワーホリで来てたと言う。
そのお母さんがヤマトに出した条件が「先ずはクライストチャーチへ行け」というものだった。
最初はお母さんの知り合いを頼り、日本食レストランで働いた。
その後はすでに書いた通り、ブロークンリバーで働きシーズンが終わり、オーストラリアへ行くまでの1週間我が家に転がり込んだ。
全てご縁で繋がっていて、そのきっかけがお母さんの指示「クライストチャーチへ行け」だった。
「いやさヤマト、人のご縁って不思議なものだけど、全てお母さんの言葉から始まってんだな。あっぱれ母さんだな」
「本当にそう思います。来て良かったなあって」
そんな会話をしながら何回乾杯しただろうか。
ヤマトも最初こそは母の知り合いを訪ねたが、そこからは自分の力で切り開いて他人とは違う経験を積みあげてきた。
ワーホリってそういうものだろう。
そこにあるのは実力と判断力と行動力、それらが合わさった人間力である。
人とのご縁でこの世は成り立っているのだが、そのご縁を掴むのもその人の力であり、運も実力のうちとはそういうことだ。
それにしてもヤマトも弟子のトモヤとケースケもその友達のジャカもそうだが、みんな生き生きした顔つきをしている。
そういう日本の若者を見ると、この世は大丈夫なんだろうなと思う。
もちろんろくに挨拶もできない若者、闇バイトに走る若者、無気力な若者などなど、おいおい大丈夫かよと思うような人も存在する。
だが我が家に来るような若者達は、自分の人生を自分で切り開こうという気概にあふれ、明るく楽しく正しく人生を謳歌している。
そんな彼らの姿からは明るい光しか見えない。
人間とは明るいニュースより暗く悲惨な話を好む生き物だ。
人の悪い噂はあっという間に広がるが、善行をしたというような話は広まらない。
テレビのカメラマンは人が助かった話と殺された話が同時にあったら迷わず殺された現場へ行く。
そういうものなのだ。
だがその輪廻から脱却する時が来ている。
未だ来ぬ未来の不安より今現在の明るい光に焦点をあてるべきだ。
ちなみにその将来の不安とは、造られてさらに利用されているものだ。
そんな今だからこそ、ゆけヤマトよ、未来はお前の手の中にある。
やっぱりと思ったけど、宇宙戦艦ヤマトみたいな締め方になったな。






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