新政権行政刷新会議の<事業仕分け作業>が終わった。
政権交代の時期に財務官僚(主計局)が便乗、政治ショウーとして、与党の先鋒がサディスティックな切り口で、予算を一刀両断するパーフォーマンスを、ある人はこれをテーマパークと呼んだ。
55年体制の中に埋没した自民政権にはできなかったことに、今、悔しがる自民党関係者のコメントがなにやら秋風の中の風鈴の音に聞こえるのは、活火山の空耳か?
物事に伴う光と影。
原作は主計局、製作・シナリオは新政権。
ドラマ構成は次の通り。
旧政権下では不条理に似た実現不能な予算削減を悪代官演じる主計が、ドラマの主役、必殺仕分け人によってバッサリと始末されられる。観ている観衆は大喝采。
原作者は、<本(シナリオ)にすれば、民衆受けしまっせ>と民主党幹部に言ったかどうか?
こうして我田引水のシナリオが完成。
この場合、原作の主計が目立っては都合悪い。
主計も切られる側の役を演じきらなければ、ドラマとしては二流、三流になってしまう。
こうして、長年、主計局と各省官房・事務方との深夜/徹夜の攻防は、1週間そこらのショーとなって幕。
切られ役で、バッサ、バッサやられた主家局は昨夜の<ハナ金>、絶対どこかで祝杯挙げているはず。
何しろ、各省官房・事務方、予算の背景に居た強力な議員さんや団体の利益者集団からからは何ら恨みを買うことなく、まったく<いい子>になってドロを被らずに、怨まれ役を全て新政権に押し付けたのだから、官僚の中の官僚の手腕、いや<技>は大したものだ。
なにしろ、政治家主導の政治だから、これからは何かあっても全ては政治家が責任を持つ体制のなっているのだから。
この巨大なシンクタンクと言うべき機能を持った行政組織にとって、当分優雅な生理休暇を取り、次期政権への対応をじっくり書き上げる最高の時を得たようなものだ。
テーマパークを観た観衆(衆愚)こそ、いい皮の面だ。