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米企業を世界に売り込んだ女、ヒラリー・クリントン
商務長官としての役割も十二分に発揮した国務長官
2013.01.31(木)
カネ回りがよくなればすべてがうまくいく――。そんな経済至上主義を追求していたように思えなくもない。
ヒラリー・クリントン国務長官がまもなく国務省を去る。
2008年の大統領選でバラク・オバマ大統領と民主党の指名候補争いで破れたが、オ
バマ政権が誕生すると国務長官に就任。過去4年で80回近い外遊をこなした。
これは歴代の国務長官(4年)として最多記録である。
米企業の利益を代弁したロビイスト
バラク・オバマ大統領(左)とヒラリー・クリントン国務長官〔AFPBB News〕
約150万キロ(95万マイル)近くも世界中を飛び回るという足で稼いだ外交は、
ジョージ・W・ブッシュ政権で失墜した米国の信頼の回復に寄与した。
クリントン長官の功労を関係者に聞くと、ほとんどの人が「よくやったと思う」と返答する。
ただ意外にも、ワシントンのインサイダーからは協調的な平和外交を推し進めた国務長官というより、
米企業の利益を代弁したロビイスト的な役回りを演じた人だったとの見方が強い。
イラク戦争は一応終結し、アフガニスタンでの戦闘も収束しつつある。
しかしシリア内戦には積極的に関与せず、国際テロ組織との戦いにも終わりが見えていない。
それでは米企業の利益の代弁者という指摘はどういうことなのか。国務省は日本で言えば外務省である。
クリントン長官は外務大臣というより、むしろ経産大臣の立場を担ってもいたというのだ。
その真意が2011年7月の演説に見て取れる。
長官が首都ワシントンで開かれたグローバルリーダーシップ連合の会合に姿を見せた時のことである。
「米国の外交というのは国家再生の力にならなくてはいけません。
それを実現するためにはまず、危機に瀕している米企業を救う意識を持つことが大切です。
つまり米企業が他国において、多くの事業の入札を勝ち取れる環境を整えなくてはいけない」
「米国以外の国は、すでにその重要性に気づき、自国企業のために戦っています。
しかし米政府はこれまで米企業のために汗を流してきませんでした。企業を見捨てるような状況だったのです」
長官は国際ビジネスの重要性に気づいたかのような発言をした。
長官は上院議員時代から、国際ビジネスの現場で見聞きする現実に直面し、
自らが動く必要性を痛感したのだ。それが「クリントン外交」の新たな価値観とも言える。
例えば昨年2月、クリントン長官はカリフォルニア州パロアルトに本社を置くスペース・システムズ・ローラル社のために、
契約の便宜を図った。同社はオーストラリアの全国ブロードバンド網(NBN)の構築に加わる契約を成立させている。
総額6億4000万ドル(約576億円)の大型契約で、背後に長官がいたことは関係者であれば誰もが知る。
長官はオーストラリアのケビン・ルッド外相に何度も会い、この契約をプッシュしたと伝えられている。
ロシアにボーイング737を50機売り込む
その契約から遡る2009年10月、
ロシアのモスクワを訪れた時にロシアン・テクノロジーズ社にボーイング737を50機も購入を促した。
この時もセルゲイ・ラブロフ外相に会って、フランスのエアバスではなくボーイング社を選択するよう推した。
契約額は37億ドル(約3330億円)に上る。
公の席で、国務長官が米国の特定企業の契約のために便宜を図ることはルール違反だが、
実際に何度も外国に足を運んで政府要人と会い、実質的に契約成立のお膳立てをしている。
80回の外遊はそうした結果でもある。
クリントン長官は昨年11月、シンガポールに立ち寄った時、こう述べている。
「米国は外交政策の中で経済活動の重要性を優先課題に据えたのです。
その次が外交上の困難なテーマを、戦略的にかつ経済的に解決していくことです。
3番目は通商外交の強化。輸出を増やし、新しい市場を開拓し、米企業を支援することが大切です。
4番目が以上の案件を実際に遂行するために外交力を上げるということです」
ここまでくると、国務長官というより敏腕な国際ビジネスマンと形容した方が当たっている。
なぜここまで長官が動くのか。これまで企業が国際市場に出ていった時、
予期せぬ様々なハードルに直面して契約を勝ち取れないことが多々あったからだ。
多くの国ではフェアな競争とは言い難い状況がある。それであれば、政府が出ていくしかないという論理である。
クリントン長官はこの考え方を全世界の米大使館に通達し、米企業の便宜を図るように促してもいる。
在ベトナム・デイビッド・シア大使もクリントン長官の指針を受けて、こう述べている。
「ベトナム国内で、米財界の利益となる事業が拡大されることが、大使としての最優先課題です」
クリントン長官が上院議員になって諸外国で垣間見た現実は、中国の国家レベルでのビジネス展開だった。
特にアフリカ諸国での事業の急拡大は目に余るものがある。けれども、
それで中国に負けましたと白旗を揚げているわけにはいかない。
インドでは2012年から2017年の5年間に、インフラ整備に約1兆ドル(約90兆円)の予算が割かれている。
インドには今、全世界のインフラファイナンスの5分の1が集中している。
最近は米国やロシア、英国、シンガポール、中国の政府要人がインドへ出向き、インフラ案件の商談を成立させている。
またブラジルでは2016年のリオ五輪に向けて、1000億ドル(約9兆円)の公共投資が行われている。
こうした案件で、米企業は確固とした地歩を築くべしとの主張である。
外交に成長の跡が全く見られない日本
もちろん日本企業も同じである。日本政府も当然、日本企業の支援に動かなくてはいけないが、
出遅れた感は否めない。岸田文雄外務大臣は就任後すぐ、安倍晋三政権の外交政策の3本柱を発表したが、
それはあまりにも月並みな外交方針でしかない。
1つは日米同盟の強化。2つ目は近隣諸国との協力関係の重視で、
3つ目は日本の経済再生のための経済外交の展開という、20年前に書かれた教科書を写してきたような内容だ。
外務官僚に話を聞いても、その方針を繰り返すだけだ。
すべてが正解という外交政策はないし、日本は独自路線を歩めばいい。
だがクリントン長官は外交のあり方を現場から拾い上げて、
米ビジネスの成功が米国のプレゼンスの拡大につながるという道を得た。
長官が2016年に大統領選に出馬する可能性も取り沙汰されているが、私はまずないと考える。
国務長官として大統領より頻繁に諸外国の国家元首と顔を合わせ、世界中を飛び回った。
やり残したことはないと言えるほど動いた後、いったい何が残っているのだろうか。
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