「老化細胞除去ワクチンの開発に成功し、糖尿病や動脈硬化、フレイル(加齢により心身が老い衰えた状態)に対する改善効果や早老症に対する寿命延長効果を確認できた」
昨年12月に英科学誌「ネイチャー・エージング」のオンライン版に掲載された論文の成果に世界中から注目が集まっている。
論文の執筆者は、順天堂大学大学院医学研究科の南野徹教授(循環器内科)が主導する研究グループだ。
近年になって「人が老いる」メカニズムが徐々に明らかになっているが、老化の主因とされているのが老化細胞である。
「人間の体の細胞は、少しずつさまざまなストレスにより、DNAに傷が入ります。傷が治れば普通の細胞に戻りますが、傷が入ったままだと、下手するとがん細胞になります。がんにならないために、細胞分裂を止めた細胞を『老化細胞』と呼びます。がん化を止める半面、老化細胞は炎症を起こす物質を出すので、他の正常な細胞を傷つけて老化細胞を増やしてしまうのです」(南野教授)
この老化細胞を除去すれば、老化は止まるのではないか。そう考えて、今、世界中で老化細胞を除去する研究が始まっているが、南野教授の老化細胞除去ワクチンは世界をリードする存在だ。
既存薬にも老化を防止する効果があると推測される薬が存在している。糖尿病治療薬「メトホルミン」にはアンチエイジングの効果が期待されるとして、2016年にアメリカの食品医薬品局(FDA)は、世界で初めて老化防止薬としての臨床試験を許可した。メトホルミンには、がん予防やアルツハイマー病予防などの効果が期待され、糖尿病治療薬として日本でも処方されている。
「GLS(グルタミナーゼ)1阻害薬」は抗がん剤として米国で臨床試験中の薬だが、実はがん細胞だけでなく、「老化細胞も取り除く効果」があるのではないかと注目されている。その研究を進めているのが、東京大学医科学研究所副所長の中西真教授の研究チームだ。
2040年までに実用化へ
日本が世界をリードする老化細胞除去ワクチンの研究だが、課題も存在する。一つは、老化細胞がどれくらいたまっているかを測定する方法がまだないということ。
「がん細胞だと抗がん剤でどれくらい減ったかを測定できますが、老化細胞を測る装置はまだなく、それを開発する必要があります。実用化されれば、たとえば、40歳の割にたまっているという人には早めに打つといった判断ができます」(南野教授)
もう一つは研究予算の問題だ。臨床試験には多額の資金が必要になる。
「日本では臨床研究の資金が不足していて、治験を担う人材も少ないため、米国におけるモデルナのようにベンチャー的な製薬会社が出てきません。日本発の研究でも、海外から投資を呼び込むような道を探らなければなりません」(中西教授)
ただし、政府としても指をくわえているわけではない。中西教授は、内閣府が推進する、人々を魅了する野心的研究開発事業「ムーンショットプロジェクト」における「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」のプログラムマネージャーを務めていて、2040年までに「老化細胞除去治療」の実用化に向け、国家を挙げて開発を進めている。
日本は2007年に超高齢社会に突入し、65歳以上の人口は25年に約30%、60年には約40%になると予測され、世界一の高齢化率だ。そのため、実用化への期待は高い。
「日本の高年齢化社会は止めようがないでしょうが、介護の必要がない状態で寿命を全うすることは可能だと考えています。高齢でも健康で元気なら医療費や介護費の負担は増えず、高齢者の人材活用も進み、新たなイノベーションも起きるでしょう。文字通り、人生を最期まで楽しめるようになると思います」(中西教授)
「健康寿命120歳」は現実となりつつある。
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