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写真付きで日記や趣味を思いつくまま気の向くままに。

緊急事態宣言

2020-04-07 | 日記
  3月7日(火)
庭のオオキバナカタバミに今朝のお客さまは白いモンシロチョウ。
またまたコロナ感染者数になってしまうが、昨日の朝刊によると日本時間5日午後10時現在の状況では米国31万2245人(80503人)、スペイン12万6168人(1万1947人)、イタリア12万4632人(1万5361人)、ドイツ9万6092人(1444人)、フランス9万853人(7560人)、中国本土8万1688人(3329人)etc.でいずれの国も発症源の中国を越えている。欧米の多さに驚いて肝心の日本を忘れていたが日本3837人(93人)クルーズ船712人(11人)となっている。
これ以上の拡大防止の為、今日夕方安倍首相のコロナ対策「緊急事態宣言」が発せられた。

対象となるのは東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県で、期間は5月6日迄であった。海外で行われている様な都市封鎖ではなく、公共交通機関の機能は止まらず、スーパーも通常通り生活必需品である食料品や医薬品の販売・流通は有りで、銀行等の業務も維持されるとの事。国民一人一人に『三密』(密集・密閉・密接)の協力が呼びかけられた。
人が動かないとお金が回らず経済界の打撃は大きく、働き口が無くなった人達への援助や売上高が大幅に減った中小企業や小規模事業主への金融支援等々経済対策に108兆円を盛り込むとか、テレビ放映の会見では難しい話が延々と続いていた。

田舎に住む我々年寄は兎に角大人しくしているのが一番で、散歩だけは出来るので幸いに思う。
Uさんから「 桜を見にお出で。」とTELをもらったが、密接は避けよう。午後からひとりで天理の石上神宮(いそのかみじんぐう)に行った。
石上神宮の摂社・「出雲建雄神社」(いずもたけおじんじゃ)の拝殿が中央1間が土間になっている割拝殿(わりはいでん)形式の最古の遺構で、国宝だそうで、それを改めて見たかった。
石上神宮には過去数回訪れてはいるものの意識した事がなく・・・改めて心静かに参拝しようと思って出かけた。

布留(ふる)交差点で右折、社号標「官幣大社 石上神宮」の建つ参道入り口に続く県道51号線沿いの桜並木は満開で、道路わきに積もった花びらを両手ですくって持ち上げ風に散らすと花吹雪、3・4回繰り返して楽しんだ。昔もココで同じ事をしていたなぁ~・・・・・
坂を上がってきた老夫婦?、男性が私をギョロリと睨んだのでびっくりして「すみません。」慌ててペコリと頭を下げると、女性が「綺麗ですね!」と言って下さりホッとした。

鳥居をくぐって進んで行くと、♪コケコッコ~~~~ 夜明けではないのに鶏の鳴声で我に返った。(笑)
手水所の前、鏡池のほとりに色んな種類の鶏が20匹余り遊んでいた。白や黒や金色様々な色のが居た。後で解ったのだが、長鳴鶏(ながなきどり)の一種だという東天紅(とうてんこう:高知県産・天然記念物)、烏骨鶏(うこっけい:天然記念物)、採卵用種のレグホン等だそうだ。
手にビニール袋を提げた男性がやって来てばら撒いた物は玄米で、あちこちから鶏が走り寄ってきた。

          (画像はクリックすると拡大する)

楼門入り口にこんな貼り紙が有った。
    なぜ鶏さんがいるの?
 【神代の昔、天の岩戸開きの神話に、常世の長啼き鶏を鳴かせて闇を払い夜明けを告げ、天の岩戸を開いたという神話に
  より、鶏は神道と大変関係の深い吉祥の零鳥とされています。この謂れにより当宮には鶏を境内に放し御神鶏として大
  切にしております。ちなみに、鳥居の語源は天の岩戸開きの折、長啼き鳥を止めた(鳥の止まり木)→(鳥の居る木)
  →(鳥居)という説があります。落ちずに落ち着いて鳴いたので夜が明けたとさ!】

先ずは楼門をくぐり本殿のお参りを済ませた。こちらの拝殿も国宝である。
飛鳥時代の豪族、物部氏の総氏神として信仰されたというこの神社には、神剣と神宝の魂:布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)、布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)の3柱が祀られ、更に、西暦252年神功皇后の時代に百済から献上されたとされる国宝の七支刀(しちしとう)をはじめ、貴重な宝物がたくさん所蔵されているそうである。
         

石上神宮の七支刀というのは身の左右に段違いに3本ずつの枝刃を持つ剣で左の画像は【飛鳥資料館の秘蔵物(1)七支刀レプリカ】からコピーさせてもらった画像である。
学校の歴史の時間に習った記憶があり、大抵の人は知っているはずだが、そのレプリカが飛鳥資料館で見れるって、見たいなぁ。。。。。

楼門を出て目の前の石段を上がると右手に摂社「出雲建雄神社」の割拝殿が在る。確かに他所で見る割拝殿より格式の高さを感じる古式ゆかしい建物であった。
元々は1137年内山永久寺(うちやまえいきゅうじ)の鎮守の住吉社拝殿として建立されたのが、大正3年に現在地に移築されたとか。

        

摂社 出雲建雄神社(いずもたけおじんじゃ)、摂社 天神社(てんじんじゃ)、摂社 七座社(ななざしゃ)、末社 猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)、末社 神田神社(こうだじんじゃ)それに神宮外苑公園にも立ち寄った。
神聖な場所で心洗われ、青空背景の桜に心癒され清々しい気持ちになって家路についた。

そうそう鳥居に掛かる扁額を見上げても暗くて読めなかったが、いま画像修正をすると「布留御魂大神」(ふるのみたまのおおかみ)、と分った。