その人は、今、脳梗塞で右半身麻痺のお父さんと、もうすぐ6年生になる息子さんと暮らしています。
旦那さまは中国の方で、北京で知り合い、結婚しました。結婚して2年が過ぎた頃、
子どもを授かりましたが、残念なことに流産してしまいました。
それから漢方治療を頑張って。健康な母体を以って、今の息子さんが生まれました。
日本で出産し、その後8ヶ月が経った頃中国へ戻り、家族3人で幸せに暮らしていました。
しかし、SARSという伝染病が大流行したため、その人と息子さんで日本へ一時帰国し、その後は、
色々と頼れるお母さんが居る日本から離れられず、日本で暮らしていました。
息子さんが保育園にあがった頃、
「これからの教育をどこで受けさせるか?」
という問題が持ち上がりました。家族と相談した結果、
「北京に戻って、パパと3人で暮らそう、北京の日本人学校に進学させよう」
という結論になりました。
その人も、ちょうど職場の上司から
「来年度もここで仕事を続けるかどうするか、返事を聞かせてくれ」
と、言われていたところだったので、お父さんとお母さんに
「明日、上司に3月いっぱいで辞めるって話すね」と宣言しました。
両親の元を離れることは、とても寂しいことですし、両親にとっても、可愛い孫と離れることはとても悲しいことでした。
でも、子どもの将来のこと、パパとママがそろった家庭で育てることを優先し、そう決心しました。
ところが、そう宣言した翌日、お誕生日のお祝いで友人夫婦と温泉1泊旅行に出かけていたお父さんが
脳梗塞で倒れてしまったのです。それはそれは衝撃的な出来事でした。
「右半身の麻痺が残るお父さんとその世話をするお母さんを残して、北京には戻れない。」
と、日本に留まって、お母さんの手助けをする決心をしました。
そのまま月日は流れ、息子さんは地元の小学校に入学しました。
おじいちゃんとおばあちゃんから贈られたランドセルを背に元気に学校に通います。
6月に行われた運動会もみんなで観に行きました。その人はこう考えました。
「お父さんとお母さん、もう二人でやっていけるね。孫が小学生になった姿も見せたし、今度こそ北京に戻らなきゃね。」
そう考え始めていた矢先、7月のことでした。いつも原因不明の頭痛で苦しんでいたお母さんの目が見えなくなりました。
何度もMRIを撮ったりしたあと、最後の最後に視神経に出来た脳腫瘍が発見されました。
そして、大手術をしたにも関わらず、8月に天国に召されて行きました。
その人にとって、お母さんの死は、そこで時の流れが止ってしまったくらいに、口では言い表せないほど
悲しい悲しい出来事でした。
身体の不自由なお父さん一人を残して、北京には戻れません。その人は
「もう北京には戻らない。」
と心を決めました。
今年の8月で丸5年が経ちます。
その人は、子どもとの日々はとても楽しく、生きがいを感じていますが、
時々とても虚しくなることがあります。
身体が不自由なことからか、いつもイライラしているお父さんは、その人と話をすると
直ぐに大声で怒鳴って威張ります。実の親子ですからその人も黙ってはいません。
2人で怒鳴り合いの喧嘩になることもしょっちゅうです。
でも、その人は、1日中一人で過ごすお父さんのことを考えると、息子さんと出かけていても、
「夕ごはんくらいはお父さんと一緒に食べてあげなきゃ」
と思い、「何か食べてから帰ろうよ~」と言う子どもをなだめて大急ぎで帰ります。
食事制限も色々とあるので、食事作りにも気を遣います。
一人では入浴できないお父さんをお風呂に入れたり、毎日の薬の仕分けも大切な仕事です
。お父さんの世話も精一杯頑張っています。
でも、お父さんの尿瓶のオシッコをトイレに流しながら
「毎日毎日こんなことばかりしているうちに、私もおばあちゃんになってしまうのかしら」
と悲しくなることもあります。
お父さんには申し訳ないけれど・・・
お父さんがいるから旅行にも行けない、お父さんがいるから・・・と
お父さんへの恨み事ばかりが胸の中に積み重ねられていきます。
そんな時、息子さんが
「ママ、ぼく死んだらどうなるの?ぼくは死ぬのがこわくてたまらないんだけど」
と言いました。そして
「ママは?」
と尋ねました。その人は
「ママは全然こわくないよ。だっておばあちゃんに会えるから。早く会いたいな。
ママは早く死んでしまいたいよ」
と答えてしまいました。
それからも、仕事や家事、介護で時間に追われ、キリキリしているところに、息子さんが口ごたえなんかすると
「あぁあ~、早く死んでしまいたい。早くおばあちゃんに会いたいなぁ。お迎えに来てくれないかなぁ」
と言ってしまっていました。
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ある日の夜、その人が息子さんと一緒に洗濯物を畳んでいると、突然息子さんが泣きながらこう言いました。
「ママ、お願いだから「死にたい」なんて言わないで!!
「死にたい」なんて言っちゃイヤダ!
「おばあちゃんのところに行きたい」なんて言っちゃイヤダ!
ぼくはママとずっとずっと一緒にいたいんだから。
死にたいなんて言っちゃイヤダァ~~~!」
まだまだあどけないお顔が涙でグシャグシャになっています。心の中でくすぶっていた想いが一気に爆発して訴えかけていました。
その人も息子さんと一緒に泣きました。そして
「なんてバカなことを口にしていたんだろう」と後悔していました。
その人が口にした言葉でどれほど息子さんが不安になったり、悲しくなっていたことでしょう。
自分の感情を子どもにぶつけるように「死にたい」などと言っていたことを、とても反省しました。
そして「母親失格だな」と心の底から思いました。
それからその人は、二度と「死にたい」などと口にしないようにしています。
自分の感情を子どもにぶつけていたことを、とても恥じています。
息子さんは自分の宝物なのに、宝物に傷をつけて平気でいた自分が残念でなりません。
これからもきっと困難や苦難に出会うことがあっても、
「自分のことよりも、まず、息子さんのことを考えるようにしたい」
と、心に強く誓いました。
いやいや。
考え方によっては
諭してくれる子供がいるってのも
幸せな事ですよ。