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中村メイコさん急死 89歳 “七色の声”で女優歴86年 生涯現役のまま大みそかに

2024-01-08 08:38:15 | 芸能
女優の中村メイコさんが昨年12月31日午後10時45分、肺塞栓症のため都内の病院で死去した。89歳だっだったそうです
若い人たちはもう知らない人が多いのだろうと思います。
浜爺でも昔はすごく人気がある方との思いだけが有ります。
何がそんなに人気だったのか思い出せませんが、別紙の情報には昭和の30年には「田舎のバス」で歌手デビューとあり、確かに流行った歌だったのを思い出しました。それ以前にはラジオ「ジロリンタン物語」で出ていた事も目にしました。小学生の頃ラジオで聞いた覚えがあります。TVの家庭への進出と共に「TV番組に数々出演」でしたね。まさに戦後の昭和を駆け抜けた芸能人でした。昭和一桁の最後の有名人みたいですね。
偉いと思うのは「政治の世界に首を突っ込まないで生涯現役芸能人」を貫かれた事です。
友人 黒柳徹子さんの弔辞を読むと生前語っていたそうですが、順序が逆になりました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。     合掌


写真:中村メイコさん© (C) スポーツニッポン新聞社 

スポニチアネックス:
 天才子役として2歳から映画やドラマに出演し、マルチタレントの草分けだった女優の中村メイコ(なかむら・めいこ、本名神津五月=こうづ・さつき)さんが昨年12月31日午後10時45分、肺塞栓症のため都内の病院で死去した。89歳。東京都出身。所属事務所のホリプロが7日、発表した。葬儀は近親者で執り行った。喪主は作曲家の夫、神津善行(こうづ・よしゆき)氏。後日お別れの会を開く予定。
 テレビの草創期から活躍した芸歴86年の“芸能界の生き字引”が、夫と子供ら家族に見守られて静かに旅立った。神津氏はこの日「2歳8カ月で映画デビューしてから86年という芸能生活を、生涯現役のまま幕を下ろすことになりました。長い時間をこの世界に存在させていただいたこと、皆さまに深く感謝申し上げます」とコメントを発表した。長女は作家の神津カンナ氏(65)、次女は女優の神津はづき(61)で、その夫が俳優の杉本哲太(58)と芸能一家だった。

 ホリプロによると、昨年12月25日に番組収録しており、これが最後の仕事になった。昨秋仕事をしたテレビ局関係者は「お年を召された印象でしたが、頭も口も達者で…お元気だったのに」と絶句。「親友の黒柳徹子さんの葬儀では私が弔辞を読む」と周囲に話していたという。
 1937年、父で作家の中村正常氏に抱かれた写真が婦人雑誌のグラビアに掲載され、これがP.C.L.(現・東宝)のプロデューサーの目に留まって榎本健一主演の「江戸っ子健ちゃん」で映画デビューした。5歳だった1940年にNHKラジオの連続放送劇「ほがらか日記」に出演。その演技が人気を呼び、天才子役の名をほしいままにした。ラジオや声の仕事では、複数の人間の声を自在に操る“七色の声”が話題となった。
 55年には「田舎のバス」で歌手デビュー。テレビでは、59年から10年続いた現テレビ朝日のトーク番組「メイコのごめんあそばせ」やフジテレビ「3時のあなた」の司会のほか、NHK「連想ゲーム」の紅組初代キャプテンでも活躍した。NHK紅白歌合戦でも59年から3年連続で紅組司会を務めた。
 中村さんは自らの肩書を「喜劇女優」としていた。その背景には森繁久弥さん、三木のり平さんといった日本を代表する喜劇俳優と共演してきたことへの自負があった。芸能界での交友関係も広く、美空ひばりさんは「生涯ただ一人の親友」というほど心を通い合わせた仲。ひばりさんの病室に駆けつけては笑わせ「ゲラ子」と呼んでいた。葬儀では弔辞も読んだ。
 「江戸っ子健ちゃん」の助監督だった黒澤明氏に「おんぶをしてもらった」、芥川賞作家の吉行淳之介氏が「初デートの相手だった」、作家の三島由紀夫に「美空ひばりを紹介した」など、テレビで驚きのエピソードを語っていたレジェンド。生涯現役で86年間を駆け抜けた中村さんは、唯一無二の存在だった。
(引用終わり)
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