イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

危機を面白おかしく乗り越える・・今も縄文時代も (2/10 心理学の世界と縄文)

2022-09-08 | 第十一章「五感で面白おかしく」

若い頃の写真だが、当時「カタストロフィーの理論」が流行ったことを思い出した。今の社会もそうだが、或日突然に何かが起こり危機がやってくる。それを数学的に研究したものであるが、その難しい理論はともかく、危機とは何かと考えることは大事なことだったと思う。

社会の問題も人間の問題に似ているところがあるが、ある種の大きな問題に対して目をつぶることから始まる。自分の頭で考えない。雰囲気で流される。そして或日大変なこと(決壊と仮に呼ぼう)が起こってくる。

話を人間に絞ってみよう。自分の人生を考えると、決壊?の一歩手前で気がついて助かったこともあるし、決壊が始まりかけて気がついたこともある。まあ、何とか生き抜いてきたのは、どのような知恵や働きがあったのだろうか。

写真のような青春時代は、のんびりと夏休みを沢山の従兄弟と楽しみながら実家の葡萄畑の手伝いをしていたことが大きかったようだ。考えてみれば、のんびりと田舎を楽しむことは、自分を傾聴していたことであり、笑いのある語らいの中で自分に共感し受容し、一致しているうちに、自分の心の底にある回答(危機を乗り越える)に気がついたのだろう。

社会人になってからも同じで、のんびりとした語らい、静寂(五感体感を楽しむことも多い)の中で得た気づきが大きかった。危険な決壊を起こすのは自己概念からくるある種の問題に対する抑圧なのだろう。対策は、のんびりと自問自答で自分の心を傾聴すること。

ところで、今取り組んでいる縄文中期から縄文後期にかけての大きな変化。この夏の新潟旅行でも、あの火焰式土器が、後期になると驚くべき蓋のある地味な土器に変わること。関東でも1000年、2000年と続いた環状集落が消えていく変化。変わらないと思われる石器ですら変化があると教えていただいたりもした。何か別の国になったような変化。しかし、これは、単純に生き延びるための変化だったと思う。基本的な宗教や文化の本質的に変わっていないようなのだ。そして、恐らく社会の大きな変化により、気候変動などからくる様々な課題に対応できたのだろう。

そして、その成功の裏には、類推だが笑いある語らいあったのではないか。「和をもって貴しとなす」は聖徳太子の十七条憲法にあるが、この精神は縄文時代に遡るのではないだろうか。その和の意味は哲学的に聞こえるが、結構心理学的な意味合いもあったかもしれない。「おもしろおかしくやりましょう」とか。



今の世の中、政治と宗教、倫理や哲学・・。今まで何十年も日本だけが変に抑圧していた問題が噴出しているようにも感じる。こうしたときに、大切なことは笑いを含む自由闊達な意見の交換ではないだろうか。勿論、現代風のシステム思考なども大事なのだが。

2/10 心理学の世界と縄文

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「縄文小説 森と海と月 ~五千年前の祖先の愛と魂~」

縄文中期の関東・中部地方を中心にした愛と魂の物語です。

入手方法

1.紙の本の入手については・・・

  四ツ谷サンパウロさんへ 定価(1,500円+税)送料別。

  電話:03-3357-8642(書籍・視聴覚)

    住所:〒160-0004 東京都新宿区四谷1-2  

 なお、国会図書館、八王子市図書館でも閲覧できます。

2.電子書籍版はアマゾンさんで、1000円で購入できますが、

  Kindle unlimitedなどの特典で無料でも読めます。 


       森裕行

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問題に振り回されない・・今も縄文時代も (1/10 心理学の世界と縄文)

2022-09-04 | 第十一章「五感で面白おかしく」

毎日様々な問題が持ち上がる。特に最近は気象や疫病、物価、政治など身近な問題が頻発し、その影響もあってストレス(理想と現実のギャップ)にまみれる日もある。そんな中、いろいろな問題とどう取り組み、かつ心の健全性を保つかは重要な問題だと思う。

まず、どう取り組むかだが、自分の背骨にあたる基本的な考え方(アイデンティティ)が重要で、しっかりしていればブレず、また枝葉末節な問題から逃れることもできる。これは①何のために生きているか②生き甲斐は何か③自分の身体、心(生育史)、魂(宗教の領域)を大切にしているか。という問いかけの三つと関係があるようだ。のんきに妄想するなと言われそうだが、忙しい(心を亡くすが忙しい)時ほど重要な気がする。

特に今の時代は変に科学尊重の時代で宗教など時代遅れといった風潮があるが、私はそれはどうかと思う。重要な問題に関わるとき、今の科学では分からないことにぶつかる。例えば高齢者施設で「死んだらどうなるのか?」ときかれたらどうするか。これは一例であるが、科学が解明できることは意外に少ない。神仏の証明は恐らくこの世で出来る人はいないかもしれないが、反対に神仏の不在の証明もできないのではないか。回答出来ない問いでも状況により回答しなければならないときがある。そんな時のためにも哲学・宗教は大事だと思う。

青春時代。私は工学部に所属していたが、父方の信じる浄土真宗の教義を勉強したり、荘氏や老子などの東洋思想、勿論、キリスト教関係の本も読んだりした。そして青年期は関西での生活も長かったので、寺社仏閣を訪れることも多かった。当時は明確に何かを信じることはなかったが、考えること(多分①②③を)で、日常の中で発生するさまざまな問題に振り回されなくなったように思う。

ただ、人生にはいろいろなことが起こる。自分の身に降りかかることがなかったとはいえ、ニュースで見聞きするような悲劇が起こらないとは断言できないのが人生である。青年期を過ぎてから大なり小なり人生の荒波を受ける時代になる。そして私は不思議な縁ともいえるような体験で、幼いころから中学生ごろまで信じていたカトリックの信仰に戻った。宗教は多様であるが、伝統宗教は何百年何千年という時代をくぐり抜けた経験があり、共通善というか、社会の常識的な善悪を逸脱しないと思う。もし、哲学や宗教に不安を感じる方がいらっしゃれば、まずは、そのような伝統的な哲学や宗教にふれ①②③の自問自答をしたらどうだろうか。

さて、縄文時代のことを思い浮かべている。縄文中期(5000年前ごろ)から生きる環境の変化の中で(多分冷涼化などで一層厳しくなづ)縄文後期・晩期(約4000年前以降)は社会に専門性が要求され、したたかに生きることが要求される時代となったと思う。漆の技術、土木などの技術も進んだと思う。そんな時代に顕著なことは宗教が盛んになることだった。配石遺構や、不思議な土製品や土偶・・

宗教というと、何か神頼みのように思い、弱い自己(人間)を想像しがちだが、本当は強い弱いといった自己とは別に、アイデンティティの確立による問題処理の力の向上、こころの健全性があるのではないだろうか。

考古学の専門書を読むと、後期・晩期は社会の階層化というお話が多い。これもアイデンティティの問題と重なる部分があるが、私の独断と偏見かもしれないが縄文時代は現代に繋がる自我拡大のような本来の宗教とは違ったベクトルでは無く、専門性と地域ネットワークの強化といった内容だったのではないかと思っている。

ところで、宗教性の問題と真善美は繋がっていると思う。縄文中期の芸術性も確かに凄いと思うが、縄文後期・晩期の芸術性も優れているのではと思う。また、二至二分(冬至、夏至、春分、秋分)を正確に意識した建造物も増加する。ここにも間接的ではあるが宗教性を反映しているのではないだろうか。

ところで、最近のニュース。ストレスでいっぱいだが、それに真面目に触れていると真善美を自然に求めるところがあり、頻繁に良い展示会、演奏会、などに足が向くことも・・・

1/10 心理学の世界と縄文

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初恋と個性・・今も縄文時代も (10/10 縄文を五感で探る)

2022-08-28 | 第十一章「五感で面白おかしく」

生き甲斐の心理学を学び愛の原型を学ぶ。愛の原型は良いにしろ悪いにせよ人生に大いに影響をあた得ることは確かなようだ。愛の原型の経験は身近な家族とのやりとりであったり、時には自然や神仏といったものだったりいろいろだが、初恋の経験はちょっと特別な何かなのではないかと思う。

つらつら独断と偏見で考えると、初恋の人は私は小学生から中校生くらいの時期で、対象は一人とは限らないようだ。そして、その大きな特徴は人生全般に影響するような<直感的な何か>を含む経験だったように最近になって思うようになってきた。年をとることで過去の経験がより客観的・肯定的に捉えられるようになるということと関係しているのかもしれない。

初恋も人と人との関わりが基本であるので、楽しい部分もあるが苦々しい部分もある。そうした年をとってから複雑な湧き起こる感情に自らが寄りそうことができて(肯定的に解釈ができて)、はじめて<直感的な何か>にはじめて気づくのかもしれない。

<直感的な何か>。それは自分の傾向と渇望といった、人生の根幹に関わることではないだろうか。間違えてほしくないのは単なる自己愛ではなく、自己を超えた何かとも関係する。

転校で別れてしまったり、卒業で疎遠になったりといろいろだと思うが、多くの人は初恋の人と結婚することなく、別に伴侶を見つけたりし様々な人生を送るようだ。ただ、それは自分の深いところの意思と関係し、自己肯定・他者肯定への何かとも関係する。それゆへ、人生全般に対する意味は大きい。さらに、いろいろな経験を経て、より普遍的な何かに育つ可能性がある。

話は変わるが縄文時代の遺物や遺構は当時の祖先の愛の原型(初恋もはいるのだろう)と関係するのではと思う。初めは土器や土偶に興味を持つようになり、そしていろいろ教えてもらったことで石器や配石遺構や住居などにも興味が。

今でも人によっては日本伝統のウサギ小屋と揶揄されるような狭い住居空間を好む私達。そんな祖先達は、初恋の相手と何を語り、何を夢見たのだろうか。

10/10 縄文を五感で探る

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縄文時代の敷石住居の意味は? (9/10 縄文を五感で探る)

2022-08-27 | 第十一章「五感で面白おかしく」

縄文時代の展示でよく見られる柄鏡形敷石住居。縄文中期の後半から後期の前半ごろまでの1000年間くらい見られる現象とも言える。配石遺構などまで考えると、もっと長い期間の現象かもしれない。

何故、このような住居を列島の祖先達は作ってきたのか。これに対していろいろな説があるが、未だに納得できる回答は見つからない。

さて、私は学生時代に実験心理学の卒論を書いたり、この20年くらい前からU先生に習い、比較宗教学や比較文化論のベースがある臨床心理学系の勉強をしてきた。その中でいろいろ役に立つ理論を学んだが、カール・ロジャースの心理学は有名な来談者中心のカウンセリングとして広く知られているが、現象学的なアプローチをとり心理学以外の分野にも影響を与えたとされる「パースナリティ理論の19の命題」はとても役にたっている。たった19の命題だけで人のことを語れるというので、かつてロジャースがノーベル平和賞候補になったということももっともだと思う。

それはともかく、19の命題の中の一つに、ある人間の行動(行為)は何らかの意図(内的枠組み)が必ず背景にあるというものがある。

私はかつて福祉の現場の仕事を短期間した経験があるが、この理論は現場でとても役だった。一見意味不明の行為の裏に尊厳のある人の意図が隠されていると考えるか否かで、ケアの質も変わることも経験した。

さて、縄文時代の柄鏡形敷石住居。これはどういう意図が隠されているか。当時は縄文海進の時代からかなり冷涼化する時代なので、寒さ対策として外気と住宅内部との間に緩衝地帯のような部屋(張出し部)を置いたとする考え方がある。私も寒冷地に住んだ経験もあり納得できるが、何故敷石も伴うのかといわれるとまた分からなくなる。こうした謎に何十年も取り組んできた方もおられ、歴史的解釈はかなり定説化されたようだが、敷石に関しては、埋甕の問題や図像学的解釈とか、いろいろな立場から祖先の心の内に接近する必要が残されているように感じる。

私もしがない縄文小説家として、その意味を考えるが、やはり生き甲斐の問題や死生観を大事にしたいので、象徴的なものにとても惹かれてしまう。

(写真は 東京都埋蔵文化財センター 縄文の村にて筆者が撮影)

9/10 縄文を五感で探る

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縄文の旅の楽しみ「道の駅」やスーパー (8/10 縄文を五感で楽しむ)

2022-08-21 | 第十一章「五感で面白おかしく」

縄文の旅では「道の駅」やスーパーには必ず寄ることにしている。今回も広島県の帝釈峡遺跡群の南に位置する広島県の世羅町の「道の駅」に。地元でも人気の道の駅で、第二駐車場があり、昼過ぎに行くと売り切れが続出ということで午前中に行った。コメが湧水をつかっているのか美味しいとのこと、また卵も絶品とのこと。確かにコメと卵関係は沢山積んであり売れていることがよくわかる。世羅のコメを炊いて卵かけご飯を食べるなど・・・。

私は、セラバーガーと世羅コーヒーも昼食用に購入。後で縄文の旅で食べさせていただいたがなかなか美味しかった。そのほか、猪や鹿肉(ペット用の肉まで)、アライグマだったかの皮製品なども売られていて何かタイムスリップしたよう。このほか地元で食べられている野菜、豆、キノコ・・これも地方地方特色があって見るだけで楽しい(驚愕することも・・・)。

味覚はおふくろの味ではないが、愛の原型ともつながる可能性があり。とても大事。とはいえ、こんな理屈より、妻の指令でホントは行っているのかも。

8/10 縄文を五感で探る

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       森裕行

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